弘前市の市街地から自動車で数分の位置にある弘前市りんご公園。
りんごの木々に囲まれるようにして佇む白い三角屋根の建物は、若手のりんご生産者たちが自らシードルをつくる小さな醸造所です。
その名は「kimori(きもり)」。その年の収穫に感謝し、翌年の豊作を願うために、収穫の終わったりんごの木にひとつだけ果実を残す「木守り(きもり)」という風習がその名の由来です。
年間を通じて展開しているメインアイテムは「ドライ」と「スイート」の2種類。
原料には甘味と酸味のバランスがよい「サンふじ」を使います。
皮ごと絞ったりんごの果汁を熟成させ、タンクを密閉して二次発酵させることで、発酵時に生まれる炭酸をそのまま果汁に溶け込ませるという、自然な製法でつくられるこのシードル、無濾過なのでりんごの果実感も堪能できます。
その他、特定の期間に収穫したりんごでつくる「ハーヴェスト」や、「トキ」と呼ばれる品種だけでつくる「グレイス」などのアイテムもあり、それぞれの味わいの違いを楽しめるというわけで、こちらも人気。
「シードルづくりは“目的”ではなく“手段”です」
「kimori」の代表は髙橋哲史さん。自らもりんご農家である髙橋さんがこの醸造所を始めたのは、実は危機感からでした。
弘前のりんご農家は6,000軒、そのうち後継者がいるのは2割です。
20年後には間違いなく今の半分に減ってしまうでしょう
と髙橋さんは言います。
津軽地方の経済はもちろんのこと、文化や暮らしなど様々な物事がりんごを中心に回っている地域。
りんご農家が半減すれば、地域全体が萎えきってしまう…というわけです。
直接りんごとは関係のない産業に携わっている人たちにとっても他人事ではないんです。
だから私はここを単なる醸造所ではなく、りんごを知ってもらうきっかけになる入口にしたいと思っているんです
りんご畑はメディアだ!
そんな思いがエンジンとなって、髙橋さんはりんごの木の下でのライブやヨガ、薪ストーブを使った焼きりんごづくりを体験メニューとして提供してみたり…という具合に、りんご畑をメディアと捉えて、さまざまなコンテンツを繰り出してきました。
2016年には、りんごの樹の下でグランピングを楽しむというコンテンツも試験的に展開。
地域ならではのおもてなし料理に舌鼓を打ったり、りんごの木の下にスクリーンを用意してシードルをチビチビしながら映画鑑賞を楽しんだりした後は、グラマラスなテントで快適に朝を迎える…という具合に、りんご農家ならではのひねりの利いた観光コンテンツに仕上がりつつあるそう。
「農業」とは「アグリカルチャー」。
シードル醸造という手段を使って、りんごを単なる農作物としてではなく“カルチャー(文化)”として眺めることで、後継者不足という社会課題に取り組んでいる…というわけです。
りんごの産地にしかできないことを…。
りんごの畑の中で集い、素敵な時間を楽しめるのは弘前ならではの特権です。
りんごとともにある豊かな暮らしが津軽の人たちの“日常”になれば、巡り巡って後継者不足という危機を食い止めるきっかけになるのではないでしょうかと髙橋さん。
りんごを軸にしてイベントフルな暮らしぶりを提案する「kimori」から、りんごの産地ならではの新しい暮らしぶりが生まれつつあります。