ご存知海軍グルメ。大湊は「海軍コロッケ」発祥の地。
前々からいつかこのブログでご紹介したいと思っていたこのコロッケ。
聞けば聞くほどに明治にさかのぼるそのルーツに思いをはせるこのコロッケ。
ようやくご紹介できるようになりました!!
海軍コロッケとは、
全国的に有名な「よこすか海軍カレー」や「呉・舞鶴の肉じゃが」と同じく、旧日本海軍にルーツを持つ料理「海軍グルメ」のひとつ。
そのレシピは旧海軍が作成した明治の料理本「海軍割烹術参考書」や大正時代に発刊された「海軍四等主計兵厨業教科書」にあって、書かれているのも「コロッケ」が「コロツケツト」になっていたりして、なんともレトロです。
大湊は陸奥湾に面した下北半島中央部にあります。
防波堤の役目も果たす全国有数の砂嘴を持つ天然の良港があり、藩政時代から南部藩の交易品移入港として栄えたところです。
続き明治に入っても、同35年に大湊水雷団が開設、明治38年大湊要港部の新設と国の主要な軍港として栄え、現在も海上自衛隊大湊地方総監部が置かれるといった国防上の重要な要所にもなっています。
そして、この大湊は「海軍コロッケ発祥の地」。
コロッケの主要材料は明治のレシピにもある「馬鈴薯(じゃがいも)」。
明治の時代から大湊にある軍船の修理などで函館との行き来は盛んだったようです。
明治の終わりにはこの函館に「男爵薯(だんしゃくいも)」と今でも呼ばれるおいしい馬鈴薯が栽培されます。
栽培のきっかけはこんなエピソード。
明治10年、川田男爵がまだ21歳の頃、船関係の勉強のためイギリスに留学していましたが、そこでジェニー・エディーという美しい女性と恋に落ちます。
川田男爵はその後、留学を終え、函館に戻ってしまいますが、彼女との思い出、そしていつも彼女と二人で食べた「あのじゃがいも」のことを忘れることができず、イギリスの商社から「あのじゃがいも」=アイリッシュ・カブラーを輸入し、函館近郊の七飯の農場で明治41年に栽培をはじめます。
川田男爵のイギリスでの思い出の味は、男爵の農場で栽培されたことから、のちに「男爵薯」と呼ばれるようになります。
大湊の海軍が度々行き来する函館。
古くから海軍では船の物資は常に現地調達を旨としていました。
函館の男爵薯も船にたくさん詰め込んでは、明治のレシピの「コロツケツト」をいただいていたといいます。
そしてこの大湊の海軍コロッケは、船員が船を乗り換えるたびに広まり、コロッケ自体の普及のきっかけにもなったんだといいます。
特徴は「男爵いも」、そして「ヘット」で揚げること。
「ヘット」とは牛の脂です。(豚のはラードといいますね。)
サクッとした揚がりになりながら、牛の風味をビンビンと感じさせてくれます。
男爵薯も細かくつぶしたもののゴロゴロと粗くしたものをミックスさせるという凝りよう。
明治のハイカラな気質と異国での恋を思いながらいただく一品です。
そして、この大湊海軍コロッケで町を盛り上げようとブログも立ち上がりました!
『大湊海軍コロッケ』でまちおこし大作戦ブログ
まだまだイベントの時以外には食べることが出来ないこの海軍コロッケ。
ですが、いつかは町で食べられるようにするんだ!とがんばる姿を伝える大作戦ブログになりそうです。ワタシも熱狂応援団(笑)
目が離せません。
byなおき
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