寒かったり暖かかったり、なんだかずいぶんと不安定な天気ですが、それでもやっぱり時は巡り、前回kuuが書いたように、今年もいよいよ桜が花咲く日が近づいてきました。
弘前公園はもちろん、以前ご紹介した桜の国道もそれは見事なものですが、街なかにもちょっとした桜スポットは点在しています。
その一つが旧弘前偕行社。そう、明治弘前が誇る名棟梁、堀江佐吉建築の一つです(と言っても、佐吉本人は明治40年(1907年)11月の完成を待たずに亡くなっています)。
戦前は旧陸軍第八師団の将校の社交場や厚生施設などとして使われていましたが、戦後、弘前女子厚生学院によって校舎や保育園舎として使われるようになりました。
その保育園の名前は「みどり保育園」。実は、私が小さい頃に通った保育園です。
昨年、機会を得ておよそ30年ぶりにこのまなびや…とは言わないかもしれませんが、途方もなく久しぶりに訪れることができました。周囲は新しい道路も通ってすっかり景色が変わってしまって、少しのとまどいとともに門をくぐり、前庭にある桜の向こうに見える玄関へ。
全体を覚えているわけではないですが、やけに細かい部分をはっきり覚えているのが不思議です。子供の頃に「なんだ、これ?」と思っていたのは車寄せだったんですね。
そして、ルネサンス様式の洋館にとても桜がよく似合っています。まだ身長が100cmほどだった当時の私は、ただ友達と遊びたい一心で、この桜の下をくぐって春の保育園に通っていたのでしょうけれど(苦笑)
そして中に入ると、左右に長い廊下を挟んで「ホントに広い!」大広間。普通、子供の頃の記憶は実際より大きいものになっていたりするのですが、今訪れても十分、広いです。
シャンデリアや暖炉は、竣工当時のまま。戦前、将校たちの社交場として使われていたこの重厚な雰囲気の場所で、紙飛行機を飛ばしたり、鬼ごっこをしていたとは。なんという贅沢か!
そして大広間を横切った反対側の廊下からは、庭に出てみることができます。奥には築山…と言うのでしょうか、小高くなった場所があるのですが、その手前で振り向くと建物の全貌が見えました。
…まったく、なんと堂々とした姿!画像ではスケール感が分かりませんが、長く見える主体部の桁行が48.8m。全力でダッシュしても○秒ほどかかりますねぇ(年齢の制約?により秒数は自粛)。
ちなみに、先ほど通った大広間も、説明板に書かれた図面を見ると、さほど変わらぬ長さを持つようです。いや、立派!
みどり保育園の保育舎として使われていたとのは昭和55年までということですので、私がいたのはだいぶ後期だったことになります。
司馬遼太郎氏は、『街道をゆく』の中で、弘前のことを「物持ちがいい」街であると表現していますが、そのおかげで30余年の時を経て、今でも訪れることができるのですからね…なんとも、ありがたく嬉しい話です。
金属製のハンガーフックも、ねじ式のロックも、私にとっては全てが懐かしい!
残念ながら建物内の見学は平日に限られていますが、桜の時期に弘前に旅をするなら、やっぱり訪れてもらいたい建物の一つです。
私のような者にとって、その建物は記憶を閉じ込めたタイムカプセルであり、旅人にとっては、戦前の華やかな雰囲気に思いをはせる、やはり歴史をさかのぼるタイムカプセル…と言うと少しキザかな(^^ゞ
by くどぱん!
(※本文中の写真は全て昨年のものです)
○旧弘前偕行社(弘前厚生学院記念館)
弘前市御幸町8-10
TEL.0172-33-0588(建物内をご覧になる場合は要予約)
見学時間:9:00~16:00(土曜・日曜・祭日休館)
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