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東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

温泉・宿泊 | 2013-01-07 21:14

あけましておめでとうございます。
て~お~です。

今回は藩政時代から東日本屈指の花街として知られ、大正時代末・昭和初期には東北の上海と呼ばれたほど賑わった八戸市小中野(こなかの)地区にある「新むつ旅館」をご紹介いたします。
小中野の最盛期には遊郭33軒、料理屋15軒があり、芸者は120人余り、娼妓は300人余も働いていました。昼夜の区別なく繁華で、特に夜は道の両側にガス燈をともし、三味線や太鼓の音が響く様は不夜城のようであったといいます。
昭和5年の久慈~八戸間の鉄道が開通となり、湊川口の物資輸送が少なくなるとともに、小中野の不夜城の灯はかげり始め、繁華街も市中心部へと移行していったのでした。

花街時代から唯一残っている建築物「新むつ旅館」は前身である遊郭「新陸奥楼」として、明治31年に創業。昭和32年には旅館に衣替えしています。平成9年には国の有形登録文化財に指定されています。

東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

外観は明治当時の和風建築ですが、内部には吹き抜けや空中廊下(ブリッジ)、二又階段などが見られ、当時としてはかなりモダンなデザインだったのではないでしょうか。平成9年には映画「傷だらけの天使」のロケにも使用されています。

東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

二階から。奥が空中廊下(ブリッジ)です。柱や廊下の黒光りした色案配が100年の時代の重みを感じさせてくれると同時に、100年経ってもほとんどきしみなど生じていない建築物としての完成度に感心してしまいます。

東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

部屋はこのような落ち着いた雰囲気で趣があります。ここに泊まったら、どんな夢が見れるでしょうか。

東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

釘隠しが部屋に施されています。心ないお客さんに持って帰られ、再度発注したものもあるそうです。

東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

私がおもしろいなと思ったのは、この遊客名簿です。住所氏名年齢や姿形などが記載されています。
集合写真からは当時のきらびやかな雰囲気が伝わります。

東北の上海と呼ばれた八戸市小中野に残る「新むつ旅館」

新むつ旅館は現役で宿泊することができる旅館です。
旅館の営業に支障がない時間であれば、予約して見学することもできます。
明治時代にタイムスリップしてみてはいかがですか?

byて~お~

【新むつ旅館】
住所:八戸市小中野6丁目20-18
電話:0178-22-1736

タグ: 八戸市南部

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