長らく休館していましたが、2022年に閉業しました。
館内の見学はできませんが、外観のみ見学可能です。
青森県八戸市、JR八戸線「陸奥湊駅」より徒歩で約13分歩いたところに、新むつ旅館の前身である遊郭「新陸奥楼」があります。
明治 31年(1898年)に創建され、新陸奥楼の名前で長い間、「貸座敷」として営業していた。
昭和 32年、売春防止法制定を機に、「新むつ旅館」に生まれ変わった。
百年以上の歳月を経てなお、その佇まいは当時のままを保っています。
幕末時代から船着場のあった小中野町は、遠くは横浜、北海道、三陸地方各港などと商取引が盛んで、回漕問屋や船宿などが多数軒を連ね、自然と船乗り相手の女郎屋も並んだ。
明治維新後、風紀上問題視され、表通りから外れた小中野町の新地に遊郭街が形成され、当時は”花柳のちまた”として全盛を誇った。
また、小中野町は東北屈指の歓楽街とされ、多い時で 33軒の遊郭が立ち並び、120人もの芸者、半玉(芸者見習い)がいた。
日が暮れた頃になると、客を乗せた人力車や、見番と料理屋を行き来するあでやかな芸者たちでにぎわいを見せ、文字通り不夜城のようであった。
新むつ旅館 Y字階段
玄関を入ると右手に見えるのが、二股に分かれる洋風階段です。
空中歩廊
二階の座敷と座敷をつなぐ渡り廊下。黒光りする手摺が歴史を感じさせます。
六番座敷
現在は宿泊用の部屋として使われている貸座敷です。夜到着した時には、すでに布団が敷いてあり、いわゆる“ターンダウン”もされた状態でした。
一番座敷、二番座敷
二間続きで使える一番広い貸座敷です。この部屋で、夜な夜な多くの宴会が行われ、艶やかな芸者たちで賑わっていたことでしょう。
新むつ旅館 外観
時代の流れとともにすっかり様変わりしてしまった街並みの中に、取り残されたように建つ古い建物が、逆にこの街が持っていた華やかな歴史、生活の鼓動を脈々と伝えています。
遊郭の佇まいがそのまま残る新むつ旅館。
ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
最後に、八戸の海の幸を使った美味しい郷土料理と人懐こくて話好きな女将がお待ちしております。
【訃報】
新むつ旅館 女将 川村 紅美子さんは、2021年12月12日午後1時23分、病いのため八戸市内の病院でお亡くなりになりました。
謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。
by トリッキー
新むつ旅館(新陸奥楼) | |
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場所 | 青森県八戸市小中野6-20-18 |
TEL | 0178-22-1736 |
料金 | 1泊夕・朝食付き7,100〜 1泊朝食付き5,400円 素泊り5,100円 ランチ(12〜15時)2,160円 夕食(18〜22時)3,000円 |
掲載されている内容は取材当時の情報です。メニュー、料金、営業日など変更になっている可能性がありますので、最新の情報は店舗等に直接お問合せください。