2020年2月上旬、最強の寒波襲来と足並みを揃えるように最強の食いしん坊たちが青森県を訪れた。作家の吉永みち子さん、料理家の栗原心平さん、そして銀座のバー「ロックフィッシュ」店主の間口一就さんだ。3人はいずれも、県内を東西南北くまなくまわっている青森通。それでもやっぱり青森に行きたい♡ というリクエストに応えるべく、青森市出身で現在は東京で物書きとして暮らすわたくし山内史子が案内役を務めさせていただいた。
東京からの長旅の後、青森市内某所で一行を待ち受けていたのは、「青森きのこ友の会」会長の三ツ谷順子さんが手がけた郷土料理の数々。主役は三ツ谷さん自身が山を歩いて採った、きのこや山菜だ。
幕開けを飾ったのは、身欠きニシンと山菜の粥寿し、ハタハタの飯寿し。口にした瞬間、皆、笑顔に。そして、腹の底から絞り出したかのような、「旨いねえ」という声がこぼれた。噛めば身欠きニシンやハタハタのやわらかな旨みがじゅわっと広がり、ネマガリダケやゼンマイの食感が心地良い彩りを添えている。
ビールでの乾杯だったのだが、我慢ができないとばかりに「米のジュースをいただけますか」と間口さん。吉永さんも「米の寿しには、液体の米を合わせなきゃねえ」と。「最初は鳩正宗がいいな」という栗原さんのひと言で、一升瓶の栓が開けられた。言い忘れていたが、わたくしを含めた4人は、超がつくほどののんべえである。その後に出されたホタテ、イカ、タラそれぞれの共和えがまた、とてつもなく絶品。酒が進む進む。いや、酒を飲まずにいるのは不可能なほど、合う! というわけで「田酒」「陸奥八仙」と、一升瓶がテーブルを幾度となく行き交う。
フキやネマガリダケ、ニシンなど山海の幸が一体となった煮物には、「めっちゃうまい、この煮物! フキもニシンも大好き♡」と、栗原さんが立ち上がりそうな勢いに。地元の皆さまにとっては、あたり前の品々かもしれない。おばあちゃんちで食べる地味な……とも思われるかもしれない。しかしながら、旅人にとっては、青森でしか味わえないご馳走。共和えだって、食材が新鮮だから成立する。インターネットでなんでも買える時代だが、鮮度の良さはお金をいくら積んでも手に入らない幸せなのだ。
興味深いのは、たとえばイカの共和えに九州産の柚子胡椒が入るなど、いずれの料理にも三ツ谷さん独自の工夫が見られること。郷土料理は、ず~っと昔から同じレシピだったワケではない。長い歳月を経て、各家庭のかっちゃがおいしく進化させてきたのだ。三ツ谷さんもまた、然り。自分の好みに合わせ、アレンジしているそうだ。以前、お会いしたとある人間国宝さんの「伝統とは革新。その変化を受け継いでいくこと」という言葉が胸をよぎり、感慨深く……それにしてもニシンが旨いよ!
シメは、こしあぶらのご飯。
「青森は山菜やきのこが、実に豊富だよね」
そう! 吉永さんがおっしゃるとおり、日本全国、山菜は珍しい存在ではないが、青森はその種類がとても多彩。ほかでは出会えないものも少なくない。
「それにしてもおいしいな、このこしあぶらのご飯。もう一杯食べちゃおうかな……どうしようかな……お代わり!」
魅惑の炭水化物との戦いに白旗をあげた吉永さんに倣い、皆が茶碗を差し出す。ほんとうに旨いよ、このご飯! しかも、酒に合うし……。
たっぷり飲んで食って熟睡した翌朝、消化能力に優れた間口さんとわたくしは連れだって、青森市古川の「くどうラーメン」へ。焼干しのダシがきいたすっきりしたスープ、自家製の麺やチャーシュー、メンマ。すべてが上品で、朝にぴったりの清々しい味わいを構築している。で、腹にやさしくしみるしみるしみる! 酒が残っているからと弱気な“小”を頼んだ間口さんも、「すごい、このラーメン、すごい」と言いながらみるみる復活していく。
ご贔屓の方も多いと思うが、実は昨年末からトッピングにワンタンが加わったのをご存じだろうか。ちゅるりんふわとろり。かげろうのごとく儚く口中で消えるこのワンタンは、食べ終わった瞬間、猛烈な切なさがこみ上げ、追加を頼みたくなる小悪魔的存在だ。
余談ながらその後、間口さんは青森市に宿泊するたび、朝、くどうラーメンに行っているとか。間口さんは宇宙一旨いハイボールを作ることで知られ、青森市のバル街をはじめ、県内のイベントにも登場なさっているので、まずはその凄腕ハイボールを味わっていただきたい。で、翌日はおそらく、くどうラーメンで二日酔いから幸せに覚醒していく姿が見られるかもしれない。
なにはともあれ、まだホテルでお休み中の吉永さん、栗原さんをたたき起こし、まだまだ旅は続く。お楽しみに。
写真:松隈直樹
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