2020年2月上旬、最強の寒波襲来と足並みを揃えるように最強の食いしん坊たちが青森県を訪れた。作家の吉永みち子さん、料理家の栗原心平さん、そして銀座のバー「ロックフィッシュ」店主の間口一就さんだ。3人はいずれも、県内を東西南北くまなくまわっている青森通。それでもやっぱり青森に行きたい♡ というリクエストに応えるべく、青森市出身で現在は東京で物書きとして暮らすわたくし山内史子が案内役を務めさせていただいた。
2泊3日の旅の最後の日、滞在していた弘前はこの冬一番の積雪に見舞われ、一行は本格的な雪景色に目を見張っていた。朝食は弘前城のお濠に面した喫茶店「可否屋 葡瑠満」で。飲み過ぎ食べ過ぎの全員が、深い味わいのコーヒーに癒やされ、サンドイッチやキッシュなどにかぶりつき、さらには自家製アップルパイを頼み。
前日、移動中の車のなかで吉永さんが「弘前アップルパイガイドマップ」を目にし、「こんなにたくさんの店でアップルパイを売っているなんてびっくり。イベントかなにかで仕掛けたの?」と。いやいや、どのお店もごく自然にアップルパイを作り、気がつけばガイドマップができるほどになっていたという経緯を説明する。言われてみれば、果物自慢の地域は全国にあるが、これほど充実した展開は珍しい。可否屋 葡瑠満のアップルパイもまた、長年、地元に親しまれてきた存在。ほど良い酸味に和む。
「刻々と空が変わっていくんですね」と、コーヒーカップを手にしながら窓の向こうを眺めていたのは間口さん。地元民にとっては見慣れた景色も、雪国で生まれ育っていない人にとっては、新鮮に目に映るのですね。
その後、一行が訪ねたのは、五所川原市の桑田ミサオさんのもと。今年93歳になる桑田さんが60代から手がけた笹餅はおいしい評判が広がり、なんと75歳で起業。今も1日500個を、早朝からひとりで作っている。
「人に喜んでもらえるのがなによりも嬉しい」と語りながらも桑田さんの手は止まらず、笹で餅をくるみ続ける。その所作が美しいと、皆さん、魔法にかかったかのように見入っていた。餡を混ぜて蒸す餅は、笹を巻いてから再度蒸すことで爽やかな香りが立ち、ふわり夢心地の食感。とろけるように消えていく。
「この感じ、たまらないですね。後を引く。また食べたくなる」とは吉永さん。唇に、その幸せな余韻がしばらく残る。
旅の最後を飾ったのは弘前市石川地区、「あかつきの会」の料理だ。失われつつある郷土料理を未来に継ぐため、先輩のかっちゃたちに教えを請い、レシピをまとめてきた会長の工藤良子さんの取り組みは時間をかけて実り、現在は会員30名ほど。「弘前のAKB(あっちゃ、かっちゃ、ばっちゃ)」という、世代を越えた集まりになっている。
膳に並べられたのは、ハタハタの寿司、サメのなます、バッケの白和え、ニンジンの子和えなどなど、津軽の伝統的な美味の数々。干したタラや塩蔵した山菜は、戻すのに数日かかる。訪れる人を思いながら仕込まれる、手間暇かけた心のこもった品々は、じわじわとゆっくり感動がこみあげてくるやさしい旨さだ。しかも、これまた日本酒との相性抜群。持ち込ませていただいた「豊盃」の一升瓶が、みるみるうちに減っていく。
デザートは、みずみずしいりんご。
「初めて青森に来たとき、小さな赤い玉が実っていたリンゴ畑の景色がとても印象的だったんですよ。また秋に来たいな……」と吉永さんが言えば、「えっ、待ちきれない。青森ロスになっちゃう。桜の時期に来ましょうよ」と間口さん。「いついつ~?」と栗原さんが続け……3人とも、国内外を広く旅している方たち。なのになぜ、それほどまで青森にはまっているのかしらと問うたところ、栗原さんからこんな答えが返ってきた。
「青森にいると、次から次へと人がつながる。知り合った人は誰かを紹介してくれ、その誰かがまた、またと、輪が広がっていく。そういう自然にまわる人間関係がいいんですよ」
住む人にとっては、時に面倒な環境なのかもしれない。しかしながら、コミュニティのない東京砂漠に暮らす人間にとってディープな人のつながりは、得ることのない宝物なのだ。
そういえば……今回同行したカメラマンの松隈直樹さんも青森を頻繁に訪れているのだが、以前、「僕は、おやぐまきという青森の方言が好きでね。初めて会った人でも……(以下、長いので略。意味がわからない方は、青森県民にご確認ください)」と、東京の宴会の席で熱く語っていたっけ。その言葉を借りれば、吉永さん、栗原さん、間口さんは、もう青森のおやぐまきなんだろうな。さらにはそれぞれが青森愛を強力に発信することで、おやぐもけやぐも増え続けているに違いない。
嬉しいね。幸せだね。それにしても、あかつきの会の白菜の古漬けが、むちゃくちゃ旨い!
干し柿もたまらない。酒も止まらない。ゆえに一行は、帰りの新幹線の時間を忘れているよ。いいのかな。いいよね。大好きな青森だもの。
写真:松隈直樹
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