本日より、青森県中泊町所在の宮越家離れとその庭園の一般公開が始まりました!中泊町で、日本のステンドグラスの先駆者、偉大なる小川三知(さんち)の作品群を見ることができるとは、本当に驚きです。
先日、一足先に離れを取材させて頂く機会に恵まれ、所有者の宮越寛(ゆたか)さん、同町博物館の齋藤淳館長、中泊役場の三上朝広さんにご案内頂きました。今回は、宮越家離れを飾るステンドグラスの魅力をお伝えできたらと思います。
この離れは、今からちょうど百年前、9代目当主の宮越正治が、妻イハの誕生日のお祝と厄除けを兼ねて建立させたものだそうです。文学や芸術に造詣が深い夫妻が詩歌を詠む場所として「詩夢庵(しむあん)」と名付けられました。
「涼み屋敷の間」
「詩夢庵(しむあん)」を入ってすぐ左手に「涼み屋敷の間」があります。宮越寛(ゆたか)さんによると、お客様をお出迎えするための部屋だったそうです。
齋藤館長が奥の雨戸をガラガラと開けてくださると、庭からの光が一挙に差し込み、ガラス障子4枚に施されたアジサイ、コブシ、ケヤキ(あるいはハゼ)が現れ、思わず歓声を上げました。
正面に座りじっと見つめていると、三知が創作したステンドの世界に、庭の自然が織りなす風景が溶け込み、その空間に自分も入り込んでしまいました。早春(コブシ)、初夏(アジサイ)、初秋(ケヤキ)、そして冬(余白)と、季節の移ろいが情緒豊かに表現されています。
○コブシ
メインとなっている白い花は、モクレンのようにも見えますが、コブシではないでしょうか。なぜなら、妻イハが歌人として所属していたのがアララギ派、そしてコブシの別名が「ヤマアララギ」なので、そこに夫から妻への洒落た目配せを感じるのです。また、特有の3つのガク片が見えることからも、コブシの様な気がします。
コブシの花は、絹鼠(きぬねず:やや灰色がかった黄系の白)や、乳白色など、色味や質感の違う上質なガラスを組み合わせて使うことにより、濃淡が美しく、生き生きと表現されています。滑らかな幹や枝は、上から下まで同じガラスを思い切り使うことにより、しっかりとした生命力が感じられます。
また、ガラス障子の組子(縦横に組み込んだ木の部材)をよく見ると、両面が面取りしてあるではないですか!正面から見た時に、ステンドの装飾の邪魔にならぬよう、組子が細く見えるように工夫しているんですね。
建具にまで繊細なこだわりと気配りが見て取れ、惚れ惚れとしてしまいました。
○アジサイ
「紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘」 正岡子規
開花から徐々に花の色が変わっていくアジサイでは、人の心の移ろいやすさを表現しているのでしょうか。
青系のアジサイには、紺碧、露草色、勿忘草色(柔らかい青紫系)、藍白(あいじろ:やや灰色い青系)など、そして左右に榛色(はしばみいろ)や抹茶色などの黄系も加わり、華やかですね。無数のガクや、アジサイの花に当たる丸い部分の細かさに、目を見張ります。三知は、このひとつひとつのピースを切り、削った縁にカッパー(銅)テープを巻き、はんだ付けをするという、ティファニーの技法で丁寧に作品を組み立ています。当時のグラインダー(ガラス削り機)はどんなものであったのか、興味津々です。
こちらは、裏から見た写真です。
よくぞ百年もの間、痛むことも壊れることもなく残っていたものです。
どこを見ても、はんだのラインの幅が一定ですね。また、葉のガラスの模様の向きを、本物の葉脈の様に斜めに揃えて走らせているところにも感心してしまいました。
○ケヤキ
絶妙のバランスで添えられたケヤキの紅葉。ケヤキは、幸運や長寿を象徴する樹木と聞いたことがあります。宮越家の繁栄を祈って、モチーフとして選んだのかもしれないと、私の空想はもう止まりません。
「円窓」
薄暗がりの中にぽっかりと、風光明媚な円窓が浮かび上がっていました。十三潟の景観をモチーフにした圧巻の作品です。
三知の優れた日本画技法が活かされた図案からは「日本の伝統の美」を、そしてステンドグラスの色調や卓越した技術からは「異国の新しい芸術様式」を垣間見ることができます。異文化が融合した素晴らしい作品を、すぐそばで拝見することができて感動しました。
先ほどのコブシとは違い、松の幹は細かいピースを組み合わせ、樹皮をリアルに表現しています。松特有の針状の葉は、半透明で表面に凹凸のある特有なガラスを用いることにより煌めいて見え、実に見事です。
また、帆掛け舟の帆を見ると、ロープがリアルに透けて見えます。裏から見ると、なんと水面から下の部分にガラスを重ねていることがわかります。部分的に三重になっているところもあります。
ステンドグラス史研究家の田辺千代さんによると、こうして重ねることにより、一枚では出せない色合いとなり、水面にさざ波が立っている様に見えるのだそうです。正面から見ると、確かに水面がゆらゆらと光輝いて見えました。
「風呂場」(非公開)
あたかも水辺で魚を狙っている様なカワセミと、躍動感のあるカワヤナギ。まるで今にもカワヤナギがそよそよと揺れ始め、カワセミが一瞬のうちに川に飛び込みそうな気配です。カワセミは漢字で書くと「翡翠」であるように、ヒスイの様に美しいとされ、詩歌にもよく登場するそうです。ゆえにモチーフに選ばれたのでしょうか。水場まわりに水辺の風景とは、なんとも粋ではないですか!
そして、アヤメがひっそりと花を添えています。当時は風呂場の裏に、アヤメが咲いていたのでしょうか?なぜこの角にアヤメを選んだのかと気になって仕方がありません。(風呂場は非常に狭い空間であるため、非公開となっております。)
実は私も昔、ステンドグラスを習っていました。自作のティファニーランプを今でも大事にしています。中泊町の宮越家で、品格のある類まれなる作品群を見せていただき、すっかり小川三知ファンになってしまいました。中泊町博物館にも、興味深い資料がたくさんあるそうなので、是非訪れて、宮越家の歴史や小川三知との交流などについても学びたいと思います。
ステンドグラス史研究家の田辺千代さんの著書「小川三知の世界」の表紙を、三知のカワセミが飾っています
みなさんも是非、この機会をお見逃しなく!
太正浪漫かほるステンドグラス
離れ・庭園 宮越家
要予約 チケット販売による一般公開
令和2年11月2日(月)〜11月29日(日)
1日10便の専用送迎バスでのみ来場可能
チケット価格 一人1,000円
電話予約 0173−69−1111
http://www.town.nakadomari.lg.jp/miyakoshi/
上記の通り、宮越家までは自家用車の乗り入れは禁止となっており、専用送迎バスのみでのご来場となりますので、ご注意願います。そうそう、津軽鉄道線津軽中里駅が送迎バスの発着所のひとつとなっておりますが、ここで嬉しいお知らせを。昨日より、奥津軽いまべつ駅と津軽中里駅を結ぶ、予約型乗合タクシーの運行が開始したそうですよ。便利になりますね!
By バムセ
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