青森が好きだ、というと、青森県民は9割くらいが「なんで?」「どこがいいの(笑)」「何にもないよ」と謙遜を通りこして自虐、自嘲をしはじめます。そのなかには2割くらい、「住んだら大変さが分かる」「冬に住んでみろ」と、怒り出す人までいます。
ええ確かに私は冬に青森に住んではいません(まだ)。真冬に旅行に来たことは一応何度もありますが、住んではいないので、確かにいいところしか見ていないです!そして、いい思いばかりしているので、もっといい思いができないかと思って今年の夏はちょっと住むことにしました。青森に。
ほらまた夏しかいないんだろう、と言われると現時点では返す言葉もございませんが、今のところいいところばかり見ているので、そういう人から「あんたは青森のいいところばかり見ている」と言われる気満々で、住んでさらに深く知ることができた青森のいいところを書き連ねていきたいと思います。といっても、私の見ている「いいところ」は他人から見てもいいところなのかどうか、全く自信がないのですが……。
ということで、第1回です。
青森の真ん中のとんがりで無茶な夏を追い求める
青森って、わりと多くの人が県の形を知っているという特異な県。なんせいろんなところがとんがっている。
地図で見ると、分かりやすいとんがりは、左側の津軽半島と、右側の下北半島。左側の先には竜飛岬があり、右側の先端にはマグロで名を馳せる大間崎があり、きっとこれらは名前からして全国的にまあまあ知られてると思うんですね。
しかし、よく見ればまんなかにも小さなとんがりがあるんですよね。
これを夏泊半島という。夏に泊まりたくなる、なかなか味のある名前です。存在感は前者2つにはかなわないけど、名前のオシャレさでは負けていない。
地図をさらによく見ると、夏泊のとんがりの先には小さな島までついています。私は、左右(津軽&下北)のとんがりには一応行ったことがあるんだけど、青森を愛するからには真ん中のとんがりにも行きたい。正直、夏泊半島に何があるか何も知らない、とんがりを制覇したい……それだけの理由で行ってみた。
青い森鉄道の小湊駅で下車し、地元の老夫妻といっしょに駅前でバスを待っていると、白と赤のしましまの大型のバスがドガン、ドバン、と音を立てながらやってきました。ひたいの部分には丸っこい文字で「東田沢・大島」と出ておりますよ。この「大島」というのが、突端の先の島の名前なんですね。

サスペンションが壊れているのか道が悪いのか、このバスはただ走っているだけですさまじく揺れて、バン!ドン!!ドバーン!!!といろんな音を立てて賑やかに進みます。楽しいです。道はすぐ漁村風景となり、生活道路のような狭い道とバイパスっぽい道と交互にくりかえすように進んでいきます。たまに見える海は、陸奥湾内なので非常に穏やか。
老夫婦はある漁村で降り、私はたったひとりで終点「大島」バス停に着いた。名前は「大島」ですが、バス停があるのはまだ島に渡る前の路傍です。すぐそばに車がほとんどない、だだっぴろい駐車場があります。遠くに停められた車の近くに、手を振る大男がいます。2メートル氏だ!
説明しよう。2メートル氏とは、「まるごと青森」の私の担当、実際に身長が2メートルあるSさんのことである。遠くからでもよく分かり、たいへん助かります。今後も2メートル氏と呼ばせていただきます。私が泣く子も黙るゴールデンペーパードライバーなので、車でないと行けない場所については2メートル氏のお力を借りまくる算段です。
いや~いい景色ですね、晴れててよかったですね、と無難なあいさつを語り合いながら我々は島に向かいました。とりあえず大島に渡ってみたい。渡ったら何があるのかは全く調べていないが、とりあえず行きたい。大島は、こちらから見る限りこんもりと木の茂った小山という感じで、さほど大きな島ではなさそうです。
このへんの海岸は岩がゴロゴロしていて遊泳には合わなそうだけど、左右に穏やかな海が広がっていてとっても気持ちいい。

大島に渡る橋があるのは分かっていたのですが、急造したかのような簡素なものです。橋の入り口の作りがなんだか適当で、いろいろと違和感のある作りです。この先に何があるのかも知らないので、この違和感はむしろよい前奏曲となりました。

橋からほぼ360度見える静かな海がすばらしく、風も気持ちいい。私、この時点でかなり満足。ここまで来た目標は達したようなもんです。のちに調べたところ、私たちが来たときは満潮だったようですが、干潮時は半島側と島が陸地でつながるらしい。ロマンがありますね!それも見たかったなあ。
さて、島に渡ると橋はバッサリと切れる。入り口よりもっと適当だ。

その先には岩が転がり、そこを越えると草原を踏みしめたような道が続き、その先には山に入っていく階段のようなものが見える。

「どうします?」と2メートル氏。
「階段はのぼりましょう」と攻める気満々の私。のぼればきっと何かある。
しかし階段のふもとまで歩いてきて、見上げて驚いた。階段までまず、茂りすぎた草に覆われた急斜面の獣道があります。だいぶのぼってから、なぜか途中から一部分だけが階段になっている。

「僕、前行きましょう」
2メートル氏、なんて頼りになるんだ!まさかのっけから、大きな背が生きる場所に来るとは。

私は2メートル氏の後ろについて斜面をのぼり、階段まで辿りつき、息を切らして階段をのぼり、尾根のようなところに来た。そこはもう森です。繁茂する草むらはありません。比較的歩きやすい尾根道がさらに先へ続いています。

いや、ちょっと待って。えーと、私は階段を上ったらすぐ何らかのゴール的なものーーまあ、こういう島なら祠とか?があると漠然と予想してたんだけど、何もないな。そして道はまだまだ先があるみたいだけど、どうしよう?
「行きますか?」
そう2メートル氏に聞かれてためらったが、この道ならまあ、行けそうな気がする。とりあえず何かをつかむまで歩こう。オレたちの冒険はまだ始まったばかりだ。
しばらく尾根道をのぼったりおりたり。と、だんだん下りが多くなってきた。道もぬかるんで危ない。まさかこんな野趣溢れるアドベンチャーをするとは思っていなかったであろう2メートル氏はスーツに革靴である。申し訳ない。
暑い。疲れた。やあ、やっと坂を下り、森も抜けた。して、私たちの前に現れたのは。
さっき以上に異様に繁茂する草たちであった。
そして、そのせいで獣道がほぼ消えてしまっている。し、しかし……その緑一色のぐしゃぐしゃの草山の向こうに、何かが見える。

この時の私の気持ちは「わ!灯台があるんだ!来てよかった!」ではなく「え、あそこがゴール?いや・・・・・・遠すぎるっしょ・・・・・・?」であった。
「どうします?行きますか!?」
そう聞いてくる2メートル氏の顔を見ると、ずっと私の前で藪漕ぎをしつづけてさぞ疲労したろうと思いきや、先ほどまでのおだやかなほほえみが、何か一発やってやろうという野心家のエネルギッシュな表情に変貌している。
「え~と、いや~さすがにちょっと・・・・・・、うーん、ま、うん、行きます、行きましょう」
私は強要されていない。ちゃんと自分の意思で決めた・・・・・・。
かくしてレベルが数段上がった藪漕ぎを、2メートル氏はやる気満々で突き進む。ここで撮った写真を青森の写真だと言っても信じてもらえまい。完全に沖縄的な何かである。

深い藪を突き進み、顔にいろんな草がバサンバサンと当たり、息が切れ、のぼり傾斜になり、今度は木の生えていない尾根に出た。左も右も海。景色は最高!そして、足元は最悪!


「ここ、海に降りられるんですかね?」
まだまだエネルギーにあふれた2メートル氏がなんとここにきて海を目指そうとするが、私は華麗にスルー。しかし、ここから灯台に行くのもまだまだ修羅の道である。


さらに容赦なく登り道の藪漕ぎは続く。ハードなクライミングをすること数分、何度も足元がすべり、時にはふらつきながらも、ついに、ゴール(?)にたどりついた!やればできる!


「いやー、来ましたね!」
「来ましたよ!!」
長年の目標にたどりついたような気分で私たちは祝い合いましたが、よく考えたら数分前に急遽定めた目的地です。でも、まあ、よくやった!もう何が目標だったか分からないけど、すばらしかった!
さて、ようやく落ちついて、スマホで地図を見てみると、なんとこの先に祠があるらしい。
「ハッハッハ、行きますか?」
「やめましょう」
なんなら2メートル氏はまだいけそうだったが、私はさすがに拒否した。これからあの距離をまた折り返すと思うと、もうこれ以上の探検は無理です!

改めて、帰ってから調べると、雪が溶けたあと草が伸びる前の4月頃はまだだいぶ歩きやすいようです。ネット上で見ると祠までたどりついた人もいらっしゃいます。というか、灯台から祠まではどうやらたった2~30メートルという感じだった。私たちは藪のせいで入り口すら分からなかったよ!季節が悪かった。
そして、行ってみて分かったとおり、正直、灯台までの道はほぼ整備されていないに等しいので、本来こんな軽装で行くのは向いていません。オススメスポットではありますが、ちょっとした登山だと思って、それなりのかっこうをして行きましょう!藪漕ぎの先には絶景が待っています。
下北や津軽に隠れて控えめにしている夏泊半島だけど、隠れパワースポットですよ(肉体的パワーがつくという意味で)!
by 能町みね子
【プロフィール】
北海道出身。文筆業。著書に、『逃北』(文春文庫)、『お家賃ですけど』(東京書籍)、『そのへんをどのように受け止めてらっしゃるか』(文春文庫)、『結婚の奴』(平凡社)など。大相撲好き。南より北のほうが好きで青森好き。
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平内町役場 水産商工観光課 | |
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場所 | 青森県東津軽郡平内町東田沢横峰 大島 |
TEL | 017-755-2118 |
Webサイト | 夏泊半島 大島 |
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