まるごと青森

野瀬泰申の「青森しあわせ紀行②」

グルメ 青森の人 | 2022-08-16 11:45

500円のしあわせ

6月。

今回の旅の目的は下北半島を巡ることなのだが、その前に少し青森市内を見て回った。駅から続くアーケードの「しんまち商店街」を歩いていると「さくら野百貨店青森本店」があった。大都市、地方都市を問わず、百貨店は苦戦が続いてあちこちで姿を消し、山形県はとうとう百貨店がない県になってしまった。そんな中で地元に愛され続けている百貨店に出合って、心の中で小さな拍手を送りたい気分になった。私が子どもころの高度成長時代、百貨店はきらきらと輝いていて、父親のボーナスが出たときだけしか行けない憧れの存在だった。食堂で食べたチキンライスとソフトクリームをいまでも鮮明に覚えている。

幼いころの憧れ「百貨店の大食堂」(※画像はイメージです)

地下の食料品売り場をのぞいた。品ぞろえがデパ地下というよりスーパーに近い。うろついているうちに天井からつるされたプレートが目に留まった。「本日は年金支給日。ポイント5倍」。公的年金は偶数月の15日に2か月分が振り込まれる。そうか、主な客は年金世代なのか。玄関の前のバス停にバスが止まると高齢者が降り、高齢者が乗っていく。

旅に出たときの常で、地元のスーパーに足が向かった。入った2軒のスーパーに共通しているのは①カップ麺の売り場が巨大②珍味(乾きもの)の売り場が巨大③並んでいる焼酎とウイスキーの容器が巨大――ということだった。

奥が見えないほど巨大なカップ麺売り場

総務省家計調査(2人以上の世帯。2019~2021年の平均)によると、カップ麺の購入額が多かったのは1位新潟市、2位福島市、3位山形市、4位青森市、5位盛岡市、6位仙台市、7位富山市、8位大阪市、9位甲府市、10位札幌市の順。ベスト10の中に東北の5市が入っている。4位の青森市でさえスーパーの棚の端から端までカップ麺。それに飽き足らずそばにカップ麺アイランドが構築されているのだから、さらに上位の都市ではどんなことになっているのだろうか。

上位7位までは雪深い寒冷地だ。寒さや雪に閉ざされると温かいものが食べたくなる。といって外に出るのは億劫だ。手っ取り早くカップ麺で済まそう。ということでカップ麺大国が誕生し、今日に至っているのだろうか。珍味も袋を破るだけでいい。その塩味のきいた珍味を肴に焼酎やウイスキーをお湯や水で割ってガブガブ。理屈も気持ちもわかるけれど、どうか健康には気を付けていただきたい。さて下北半島に向かおう。

巨大な容器のウイスキーをお好みで

青森市から東に走って浅虫温泉の道の駅に向かった。そこで昼ご飯と思っていたのだが、飲食施設がない。ネットで検索していた同行者のTさんが「近くにラーメン屋があります」と言う。その店は「やっちゃん」で、ラーメンの店ということになっているが、懐かしのチキンライスがある。オムライスもある。私たちは500円の中華そばを注文した。店主らしい男性は厨房に向かわず、店内の小物を片付けたりしている。やがて作り手不明の中華そばが出てきた。

中華そばは昭和の味

細く切ったメンマ、チャーシュー1枚、お麩、青ネギといったトッピング。薄く脂が浮いている。スープをすすると醤油味の下から鶏ガラのうま味が立ち上がる。だが、それだけではない。何だろう。店主に尋ねた。「ああ、鶏ガラと豚バラです」。そうか。脂は豚のものか。

店主は40年ほど前、温泉客相手に夜泣きそばの屋台から始めた。屋台なら雪が舞う冬場はどうしたのだろう。店を持つまでの苦労もあっただろう。「味はそのころのままです。何も変わってはいません」。どこか小説の中の台詞のようだが、言葉通り私が人生の半ばを生きた昭和の味がする。店主の実直そうな物腰にも昭和の陰影がある。

「ラーメンに麩」は青森市近辺と函館市近辺に共通する青函連絡船文化だが、麩がスープを膨れるくらいに吸っていて絶妙だ。ラーメンではなく、中華そばという名こそふさわしい。「美味しかったですよ」と言うと、マスクで表情は隠れていたが、深い二重瞼の目が少し笑った。500円のしあわせ。

 

野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。コラムニスト。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。

 

あわせて読みたい記事
野瀬泰申の「青森しあわせ紀行①」
野瀬泰申の「青森しあわせ紀行③」

 

やっちゃん
場所青森市浅虫蛍谷278−1
TEL017-752-3319

掲載されている内容は取材当時の情報です。メニュー、料金、営業日など変更になっている可能性がありますので、最新の情報は店舗等に直接お問合せください。

青森の観光・物産・食・特選素材など「まるごと青森」をご紹介するブログ(blog)です。
青森県で暮らす私たちだからこそ知っている情報を県内外の皆様に知っていただく記事をお届けします。

タグ別記事一覧

カフェ・レストラン米・パン・穀物津軽海峡自転車ガイドパッケージ買いクラフト風間浦鮟鱇ステンドグラス建物#ラーメンお酒寿司白神山地周辺津軽弁金魚イベントハンドメイド#郷土料理#青森グルメ#ご当地ラーメン野菜居酒屋・バーカレー缶バッジおにぎり海藻唐揚げ#お家ごはん中華料理スイーツ魚介種差海岸まつりカンバッジうにぎりわかめ和栗インバウンド#料理エビチャーハンまち歩き肉・卵十和田湖アクティビティおみやげ岩のりe-sportsスタンプお家でシリーズBUNACO白神山地体験レポート伝統工芸田んぼアートマグロお土産津軽弁缶バッジ寒海苔お盆スーパー植物#だし青森県郷土料理三味線ご当地蔦沼寺山修司カフェ迎え火・送り火ハンコ担々麺#アートアウトドアツアー歴史・文化紅葉新緑八戸ブックセンターコーヒー嶽きみコケシ辛い#青森県立美術館#サウナ自然アートランチライトアップイルカプリン熱帯魚クリスマス種差#自然#八甲田山グルメ弘前公園陸奥湾おやき焼き鳥グランピング#エビの釣り堀八戸市食堂ブナコ弘前城フェリー三社大祭日記雪見温泉月見#釣り#太陽光発電ヒバ津軽八甲田尻屋埼灯台館花岸壁朝市ポップアナログレコード#手帳#夏休み鉄道青森岩木山尻屋埼宵宮横丁露天風呂青森県、色彩#桜#風車りんご三内丸山遺跡白神山地毛豆寒立馬美術館最強毛豆決定戦妖怪#食#焼きそばねぶた・ねぷた奥入瀬渓流絶景太宰治灯台青森土産きのこ鮟鱇JOMONトーク伝統芸能アウトドアツーリズム果物山菜・きのこウニ温泉ジオパーク津軽土産アニメあんこう万年筆えんぶり#食堂

月別記事一覧

月別一覧ページへ