ウニのしあわせ
6月。
むつ市から半島の外周を半分回って西部の佐井村に向かった。下北半島をマサカリに例えるなら、佐井村は刃の部分にあたる。目当てはウニだった。ウニは半島のあちこちでとれるが、やはり佐井村のものが知られている。何しろ村のマスコット・キャラクターは「雲丹(ウンタン)」なのだし。
佐井港に隣接する津軽海峡文化館アルサス周辺が村の中心だ。村内唯一のコンビニがあり、アルサス内には飲食施設がいくつか入っている。私たちはその中の大型食堂「まんじゅうや」にウニ丼を予約していた。東京にもウニ丼が評判の店がないではない。しかし、この店のウニ丼の威容には遠く及ばない。4~7月の季節限定メニューで、いつ行っても食べられるとは限らない。
黄金色のキタムラサキウニが丼を分厚く覆っている。80グラム? 100グラム? ひょっとして120グラム? 小皿に注いだ醤油にウニをちょっとつけ、ご飯の上に戻して一緒に口に運ぶ。テレビのグルメ番組ならタレントが目をむいたり、天を仰いだりして「うまーい」とかなんとか叫ぶのだろうが、私も同行のTさんも言葉にする余裕すらなく、小さくうなずくばかりだった。1人前3000円なのでここは2人で分け合った。それでも「ウニを食ったぞ」と胸を張れるくらいの量だった。
この後、観光船に乗って奇岩が一景観を成す仏ヶ浦に行く予定になっている。その前にウニをもう一丁ということで、隣接する「ちょこっと」で500円の「うにぎり」を買った。塩ウニが詰まったおにぎりを磯(岩)のりで包んでいる。かぶりつくと磯の香りがぷんと鼻に抜け、ご飯の甘味の後から塩ウニの濃厚な風味が追いかける。食べ終わるとすぐにアルサスの中のお土産売り場に行き、1本だけ残っていた地元漁協加工の塩ウニを求めた。
出航の時間近くになって船会社の女性が「強風のため欠航します」と告げに来た。残念だったが事情はわかる。車で展望台に行き、遠望した。機会があれば観光船で上陸し、間近に見たいものだ。
帰路は国道338号線から県道253号線、県道46号線をたどるコースを選んだ。途中、「道の駅かわうち湖」に寄ったが、あいにく定休日だった。それでも緑に包まれた敷地から眺めるかわうち湖の湖面がきらきらと輝いていた。道の駅は11月下旬から4月中旬まで閉鎖される。春の花、夏のむせかえる緑、秋の紅葉。折々の楽しみがありそうな場所だった。
さらに進んだところに大滝があった。海に注ぐ前の川内川はまだ渓流で、橋の上から大滝という名の小さな滝が純白のしぶきをあげているのが見える。
振り向けば眼下の川の両岸は切り立った岩。その上の空間を木々の葉が隙間なく埋めて、川面が陽の光を映しながら銀の鱗となって流れていく。
むつ市への道は所々がつづら折りになり、車は右へ左へと向きを変える。1軒の人家も1台の対向車も見ない時間があった。道の両側はただただ夏に向けて濃さを増す緑の壁で、こんな景色に出合ったのは初めてだった。車の助手席で息をのんだ。
むつ市に着いた。そろそろ晩ごはんのことを考える時間なのだが、昼の余韻がまだ胃袋に残っている。これはきっとウニのしあわせというものなのだろう。
野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。コラムニスト。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。
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食事処まんじゅうや | |
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場所 | 佐井村大佐井112 アルサス 2階 |
TEL | 0175-38-4212 |
Webサイト | 食事処まんじゅうや |
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