8月6日(土曜)
帰りの新幹線まで時間があるので「十和田方面に行ってみよう」ということになった。私もTさんも十和田の中心部には何度も出かけている。「そういえば、最近大型の産直の店ができたそうですよ」とTさんがハンドルを握った。向かった先は「ファーマーズ・マーケット かだぁ~れ」だ。2020年の10月にオープンしたばかりで、地元のJA十和田おいらせが運営している。「売り場は東北最大級」と謳うだけあって、なるほど広い。駐車場も広大だ。
産直コーナー、特産品コーナー、花と苗売り場、鮮魚売り場にお肉のコーナー、焼き立てパンの売り場やカフェまである。野菜がどれも安い。ネギを手に取ってみたら、東京のスーパーで売っているものより太くて、値段は半額近い。ピーマンも「こんな値段?」と驚いて、思わず買い物かごに入れていた。キュウリからし漬けが安かったので、これも買い物かご行きになった。別に旅先でかさ張るピーマンや漬物を買うこともないのだが、値段と新鮮さに負けてしまったのだった。スーパーとしては品ぞろえといい価格帯といい、ワンランク上だ。もしこれが東京にあったら入場制限をすることになるだろう。
八戸駅でレンタカーを返し、新幹線の改札口に向かう途中のコンコースで珍味を実演販売している店があった。こうなると青森県はどこまでも珍味で埋め尽くされているような気がしてくる。店の女性に聞いた。「このサケとばのサケはどこで獲れたものですか?」「うちの商品は県産の材料でつくっています」「サケは青森のどこの川ですか?」「川ではありません。三沢沖とか八戸沖で獲ったものです」。青森県沖でサケが揚がるとは知らなかった。6種類の珍味詰め合わせが1080円。東京で買ったら2000円から3000円か。迷わず買う。
全国いか加工品業協同組合のホームページに「イカ加工品のいろいろ」というコーナーがある。それによると、イカはほぼ半分が加工品として消費される。最初は皮をむいて乾燥させただけの「するめ」だったが、戦前に味を付けて裂いた「するめさきいか」が世に出た。戦後の昭和38年に函館の業者が生イカから製造する方法を考案し、するめより柔らかい「ソフトさきいか」として発売、ヒット商品になった。イカの燻製「いかくん」は昭和25年ごろ、やはり函館で考案されたらしい。昭和32年に始まったラジオドラマ「赤胴鈴之助」のスポンサーがいまのニッスイで、同社がイカの燻製をPRしたことから全国的な人気商品になった。
昭和30年代というと高度経済成長が始まったころだ。人々の懐が少しずつ温かくなり、食卓も豊かになっていく。そんな時代に「さきいか」や「いかくん」が日本中で親しまれるようになったわけだ。それにしても青森県が突出した珍味県になったのはなぜだろう。謎だ。
新幹線のシートにもたれて思い出していた。十和田から八戸に戻る途中、Tさんは「あった」と言いながら地元のコンビニ「オレンジハート」に車を止めた。青森県にしかない超ローカルなコンビニで、手作りの総菜やサンドイッチ、弁当、おにぎりが人気という。Tさんが買ったのは「なにも入ってません」と書かれたクレープだった。運転しながらTさんは嬉しそうだった。「以前、この何も入っていませんクレープを買って食べたら、何も入っていないといいながら、大量のホイップクリームが詰まっていたので驚きました」
いまごろTさんは、そのクレープをほおばってしあわせな気分になっているかもしれない。
野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。コラムニスト。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。
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オレンジハート まるとく店 | |
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場所 | 上北郡六戸町上吉田長谷94-213 |
TEL | 0176-55-2448 |
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