目時・後篇。~薬師堂知られてなさすぎ篇~
さて、青い森鉄道の隅っこ、目時篇の続きです。
目時駅に貼ってあった観光マップに気になる写真が載っている。「目時薬師堂」。我々はここに向かわねばならない。
駅の手作りマップによると、「山頂に建っている不思議な神社。毎年5月(旧暦4月7・8日)に恒例のお祭りが開催されます。」とのことです。目時薬師堂はグーグルマップにも一応載っていますが、山中にポツンと場所が表示されているだけで、ここへ通じる道はどこにも書かれていない。航空地図で見ても鬱蒼とした森しか見えず、道がわからない。
グーグルマップの口コミはこの時(というか今も)たった1件。そのコメントから引用しますと、「道案内が無く地元の方に聞いて訪れました。入り口は墓地の側道から上に上がっていきますが案内板は無いです。勾配はきつくないので散策程度の移動」とのこと。
写真で見る限り特異な外観をしているけど、それ以外謎めいたお堂。情報が全然ありません。気になる。
ちょっと早めに目時に着いていた2メートル氏が地図を見せながら解説してくれます。
「行ったことがあるという人のブログを見つけまして。たぶんこっちの、このへんから行くんだと思うんですよ」
正直言えば、私はそのブログの説明を読んでも行き方がよくわかりませんでした。でも2メートル氏がそう思ったのなら、従うよ。
目時駅から2メートル氏の車に乗ってぎりぎり進める農道を北東に進み、ある小屋の脇まで来ました。
「このへんだと思いますよ」
車を降りて、2メートル氏の言うままに、北側の山のほうにむかって歩いてみます。道と言われれば道だけど、道じゃないと言われれば道じゃない、みたいなルートです。
道はついに「道と言われても道じゃない」みたいな感じになってきた。
「大丈夫ですか?ちょっと引き返しませんか?いや、あのー……、引き返しましょう!」
ついに私が強く出た。前の夏泊大島のように目的の方向がはっきりしているならともかく、道が合ってるかどうかすら分からないのに藪漕ぎは勘弁!
「人に聞こう」
私たちはそういう結論を出した。初めから地元の人に聞けばいいのである。薬師堂があると思われる山の周りを車で徘徊し、第一村人を発見したい。
第一村人(村人ではなく三戸町民ですが)はあっさりと見つかりました。消防団の屯所のあたりにたまっていた方々数人を目にして、2メートル氏は「目時薬師堂に行きたいんですが」とストレートに声を掛けました。
薬師堂と聞いて、そこにいた皆さま(たぶん消防団)は「草、払ってあるか……」「ちょっと前に○○が行ったって言ってた……」みたいなことを濃いめの南部弁で話しています。行けるかどうかがそもそも怪しいレベルなのか。
ともあれ、最初に踏み込んだ2メートル氏案内の道は大間違いでした。消防団の方々は、そこを曲がって上がってって墓所(はかしょ)の横の道を入っていけばいい、みたいに親切に教えてくれました。ありがとう!
ちなみに私は墓地を「はかしょ」と呼ぶのを初めて知った。方言?と思ったけど、ふつうに辞書にあるんだな。
あと、改めて冒頭のグーグル口コミを見てほしいんですが、その人もちゃんと「入り口は墓地の側道」って書いてました。うっかりスルーしてました。ごめん。
さて、言われたとおりに2メートル氏の車は墓所方面へ向かいます。さっき言われた、墓所の横の道、というのはどこなんだ。
墓所が見えてきました。ここの横?えーと、道、ある?
と思ったら、2メートル氏は何のためらいもなく墓所の隣から高台の畑に上がっていく狭い農道に車を突っ込み、ヴォンヴォン上がっていく。
「ちょ!!だ、大丈夫ですか!?」
「この道です、間違いないです」
結果としてこの2メートル氏の判断はまったく間違っていませんでした。汚名返上です。
しかし、車で入るのは10人中9人がためらうくらい細い道です。そして、墓所のあたりに「薬師堂入り口」みたいな看板は、マジで、一切、一つもない。入り口にもなければ、ここから薬師堂に着くまで、案内板のたぐいは全くもってゼロ!!
ガサガサ、バキバキ、カンカラカラカラと、木々、枝々、葉々に大いなる迷惑を掛けながらくねくねと車は進む。幸い対向車はなく(あったら一巻の終わりだ!)、車は山の中腹の駐車場に着きました。
うそです。これが駐車場なわけがありません。こんな場所が駐車場であってたまるか!
「ここからは歩きみたいですね、はっはっは」
藪漕ぎの予感になぜか楽しそうな2メートル氏。ここのところの雨で地面はぬるぬるしているし、恐怖しかない。でも、ここまで来たんだから私だって引き返すとは言わないよ!
幸い、そんなに歩かなくてもどうやら目的の場所が見えてきた。……って、え?え!?
写真で見たとおりだけど、岩部分が思ったよりもすごい!何コレ!?
私たちがその神々しい場所に近づこうと歩みを進めると、おや、祠のそばに何か小さなものが動きました。
きつねだ!!
噓みたいな話だが、本当です。私たちがここにたどりついたそのタイミングでお狐さまがいらっしゃるなんて、これはとにかく神々しいことに違いない。ここはお稲荷さんではないし、神も仏もむちゃくちゃだけど、そういうことにする。
お狐さまはそのままどこかにぴょんぴょこ去ってしまいましたが、それにしても、この祠はすごい。立っている位置がとんでもない。いったいどうやって形成されたのか、波打つような巨大な岩壁があり、そこに半分めり込むような形で薬師堂は立っています。
「これは、来てよかったです!ものすごくよかった!目時の穴場どころか、青森県の穴場ですよ!」
帰り道に私が興奮しながら話すと、2メートル氏はむしろ感動しすぎて静かになってしまい、「いやあ……ほんとうに……ほんとうにすごかったなあ……」と浸っている様子。
2人とも、ここには巨大太鼓判を押します。ここは行く価値のある場所です。「パワースポット」みたいな陳腐な言葉ではあまり説明したくないな。行って、感じてほしいです。
車で戻っていく途中、さっきの消防団らしき方がいたので、また少しだけお話をしてみました。彼らもそんなに詳しく知らないらしいけど、どうもお正月に薬師堂に泊まり込むような儀式(お祭り?イベント?)があるらしい。駅では「5月に恒例の祭がある」と書いてあったけど、話が違いますね。謎は深まります。あんな険しい場所で夜を明かせるんだろうか?
地元の方は「子供の頃はよく行って、岩を登ったり飛び降りたりして遊んでたもんですよ(←各自南部弁に変換してください)」ともおっしゃってましたが、地元にとってはあまりに当たり前すぎて、観光スポットだとも思っていないし、だから案内板も一つもないんでしょうね。
ここを整備して、「パワースポット」だと主張してアピールをバンバンすればもしかしたら超有名になりそうな気がするけど、近隣住民がそんなこと思いつきもしないくらい日常にある、神々しき岩に埋もれた薬師堂。尊い。
ところで……
住民の皆さまにお礼を言って車に乗り、帰途につくと、なんと1分で大豪雨となった。
「薬師堂に行くのが10分遅かったら、危なかったですね……」
「能町さん、傘持ってました?」
「ないです」
「僕もないです」
「この大豪雨を、あの山道で……。命に関わりますよね」
「お狐さまといい、なんだかすべてが神がかっているような……」
断続的に降る大雨の中を我々は長々と青森まで帰りました。なんとこの日は青森市内の某所が冠水するほどの豪雨でしたが、薬師堂のおかげか、山道もどうにか無事に帰れました。
このサイトとしては、ちゃんと目時薬師堂への行き方を地図で示すべきなんでしょうか?
いいえ、私はあえて、それをしない、という選択を取りたい。
とにかく、はかしょの横を入っていってください!
オマケ。
帰りに通った三戸のメイン通りも、両側に大量の提灯をぶら下げた笹がずーっと続いていて、妙に神々しかった。すごい街です。
by 能町みね子
【プロフィール】
北海道出身。文筆業。著書に、『逃北』(文春文庫)、『お家賃ですけど』(東京書籍)、『結婚の奴』(平凡社)など。大相撲好き。南より北のほうが好きで青森好き。新刊・アンソロジー小説集『鉄道小説』(交通新聞社)では青森の妄想上の鉄道について書きました。
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