ちびっこラーメンと謎のスナック
2023年1月28日(土)
黒石に向かう弘南鉄道に乗った。弘南鉄道は今年、開設95周年。頑張っているなあ。
津軽尾上駅で降り、歩いてすぐの「大和温泉」に向かった。青森県に来たら温泉銭湯。これは旅の鉄則だ。
入浴料は400円だが、650円の「手ぶらセット」をお願いする。大小のタオル2枚にボディソープ、シャンプー、リンスが入った小さなボトルが3本ついている。ボトルのキャップに「ボ」「シ」「リ」と書いてあるのがかわいい。
ロビーの奥に真正昭和のマッサージチェアがあった。
「動くんですか?」
「動きますよ。料金は20円です」
壁の上の方には歴代の料金表が並んでいる。昭和44年の大人料金は33円。47年に40円に上がった。49年に70円になり、令和5年の今年が400円。プラスチックの箱の中のリンゴは4個で100円だ。
湯船は小さめだが、隅のパイプから温泉がこんこんと湧き出ている。正真正銘の源泉かけ流し。湯温も熱からずぬるからずで、いつまでも浸かっていられる。ちょうど高校生の一団がアクティブに入浴中だった。彼らが脱衣所に消えた後、ゆっくりと体を洗い、もう一度お湯を楽しんで浴室を出た。
すると杖をついた男性がゆっくりと浴室に向かい、息子らしい中年の男性が、専用の椅子を持って追いかけた。高校生は合宿のため、たまたまこちらに来ていたそうだ。老人とその息子の方が、普段の情景に近いのではないか。温泉銭湯は地域社会の支えでもある。
次いで黒石駅へ。駅前を車が行き来しているのだが、降り積もった雪が音を吸収するせいか、妙に静かだ。
歩いてすぐの「BOCOLABO」でコーヒーを飲んだ。弘前のケーキ店「ボンジュール」と青森の「COFFEE COLORS」のコラボ店だそうだ。その朝飲んだホテルのコーヒーが美味しくなかったので、豆を挽いてからいれるここのコーヒーはありがたかった。
この店で平川市民の方々と合流して地元の食堂「味助」に向かう。ラーメンと焼きそばを食べることになっている。店はちょうど昼時で、カウンターまで一杯だった。小学校3,4年生と見える10人ばかりの少女たちが親と一緒にラーメンを食べていた。全員が赤いユニフォームを着ている。何かのスポーツの練習帰りのようだ。ラーメンはごほうび、ラーメンはご馳走。自分の頭より大きな丼に顔を突っ込むようにして麺をすする少女たちが、そう言っているようだった。
席が空いた。
「ラーメン!」
「焼きそば、太麺!」
「こっちもラーメン!」
「細めんの焼きそばね」
次々に注文の声が挙がる。私はラーメンをいただくことにした。
茶色く濁った煮干しのスープにメンマ、チャーシュー、モヤシとネギ。そして津軽ではお約束の麩が入っている。福岡県久留米市出身の私は大学進学で東京に出てくるまで、豚骨以外のラーメンがあるとは思っていなかった。先ほどの少女たちにとってラーメンは当然煮干しであって、味噌や醤油、塩味のラーメンを知らないだろう。どこかの土地に行って煮干しではないラーメンの存在を知ったら驚くに違いない。
この店のラーメンと並ぶ名物が焼きそばだ。それも太麺と細麺がある。私はラーメンで満腹になったので、焼きそばは味見程度しか口にしなかったが、目の前の平川市民は富士山のように盛られた焼きそばの大盛りをぺろりと平らげた。
食後、猿賀神社へ。鳥居に雪が積もっている。この日は何かの催しがあって餅播きが執り行われたのだが、それには間に合わなかった。餅播きのための足場が数カ所残っていて、そこから人々の歓声が聞こえるようだった。
近くの国指名勝になっている和洋折衷建築物「盛美園」の所有者、清藤家を訪ね、特別に内部を拝見した。見事なものであった。
続いてシードル(リンゴ酒)の醸造所へ。銘柄を「クレイジー・サイダー」という。最近、長野県でシードル醸造が盛んになり、メディアに取り上げられることが多くなったが、青森県でものその機運が高まっている。なにしろ津軽は全国一のリンゴ産地だ。
隅々まで清潔に保たれた醸造所は思ったより小ぶりだった。しかし醸されるシードルの味わいはきりっとしていて「これはいける」と思わせた。3種類のシードルを買い求め、東京に戻って飲んでみたのだが、チーズやハム、ベーコン、オイルサーディンなどと相性がよかった。スペインのおつまみ「ピンチョス」のイメージだ。平川のピンチョス、略して「平ピン」などがあればいいのに。
夕方になって尾上地区の農家蔵ライトアップの会場に行った。道路からよく見える場所に建てられた蔵の数々を道路側からライトアップしている。この日だけのイベントだ。あいにくの雪で人の姿はまばらだったが、雪明り、白壁、見越しの松は詩情をたたえていた。
平賀駅前に移動して「ひらかわイルミネーション・プロムナード」を見学した。駅前に吊るされたたくさんの台湾提灯が美しい。これは絵になる。わざわざ写真を撮りに訪れる人が多いのもうなずける。
さてと、夜になった。地元の方からは「郷土料理を食べます」と聞いていた。ところが向かった店には「スナック いっき」の看板が掲げられている。スナックというと6,7人が座れるカウンターと、テーブルがあっても2つ3つだろう。そんな店で郷土料理? どういうこと?
「スナック いっき」で津軽の郷土料理を食べるというコンセプトが腑に落ちなかった私だが、店内に入るとすぐに腑に落ちた。左手にスナックそのもののカウンターがあり、右手は座敷になっていた。スナック需要と宴会需要の双方に応える造りだ。
座敷のテーブルにはすでに料理が所狭しと並んでいる。ママさんがキノコと山菜取りの名人で、料理にはそれらがふんだんに使われている。
「アミタケと根曲がり竹の飯寿司」「ナメコ、サモダシ、シモフリシメジが入ったけの汁」「アブラザメの田楽とサメの和え物にバイガイ」「ホタテとカニ爪」「シモフリシメジを加えたタラ鍋」。どれも一級品の手料理で、酒が進む。
一同が驚きの声を挙げたのは、料理が大方片付いたころだった。何の予告もなく大きな皿が登場した。
「これは?」
「干し柿バター。レーズンの代わりに干し柿を使ってみたの」
勧められるまま、揚げた南部せんべいに干し柿バターをのせて口に運ぶ。美味い。レーズンバターより、こっちの方が美味い。
「どれどれ」
「私も」
というような声とともに、干し柿バターと南部せんべいはすぐに消えてしまった。ママさんが傍らで微笑んでいる。スナックの定番おつまみになるのではないか。
気が付くと目の前に白っぽい粉が入った袋があった。表に「ずんだ」と印刷した紙が貼ってあり、裏返すと「大豆の粉」とあった。しばらくしてやっと気が付いた。弘前の「甚平」で「うちの津軽そばのつなぎはずんだ」と聞いたとき、ずんだ餅のずんだ、つまり枝豆と思ったのだが、津軽では大豆の粉をずんだと呼ぶのか。ならば「甚平」の津軽そばは正統津軽そばであったかもしれない。食べてみるべきだった。
問題はなぜ私の眼前に「ずんだ」が登場したのか覚えていないことだ。ママさんに「最近の津軽そばは枝豆のずんだを使うんですか?」などと質問し、その問いに答えるため厨房にあったずんだを持って来てくれたのだろうか。メモもしていなければ、写真も撮っていない。宴もたけなわになって、場はカオス状態。私は酒を飲むと酔っぱらう癖があるが、当時その癖が出ていたようだ。
ともかく「津軽のずんだは大豆の粉」ということを知って、少しうれしかった。
野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。コラムニスト。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。
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