バラ焼きと山車
2023年8月1日(火)
八戸市内のホテルを出て、十和田市現代美術館に向かった。これまで十和田を訪れた折に2度、足を運んだのだが、いずれも狙いすましたように休館日で、屋外に展示されている作品を眺めただけだった。そしてこの日、ようやく念願がかなった。
入るといきなり巨大な女性像に迎えられた。映像で見たことはあったものの、実物は絶対的な存在感を放ち、皮膚や眼光、服の感触がリアル過ぎるほどリアルだ。現代美術なのでわかるものはわかるけれど、わからないものはわからない。それでいいのだろう。一回りしての感想は「面白かった」。入場料1500円以上の価値はあったと思う。
館内には観光客と思われる外国人のカップルやグループがいた。かつて三沢と十和田を結んでいた十和田観光電鉄は2012年に廃線になっているから、車かバスで来たのだろう。最近の外国人観光客は日本人でもなかなか行かないような場所をピンポイントで訪ねるらしい。地方都市にとってはチャンスなのかもしれない。
お昼はバラ焼き大衆食堂「司」で。元々は譲り受けた博多屋台から始まったが、いまや拡張を重ねて立派な「大衆食堂」になった。昼時には平日でも満席になる。やはり人気はバラ焼き定食だ。ガラスの瓶に入ったサラダがかわいい。専用の鉄板にはタマネギが敷かれ、その上に富士山盛りのバラ肉。しばらくいじらずに焼いていると、タマネギがしんなりして肉の塊もほぐれてくる。
肉をばらしてタマネギと一緒に、たれを絡ませながら炒めればバラ焼きのできあがり。ご飯によし、ビールによし。
店のスタッフは客を迎えるときに「ボンジュール!」と声をかけ、見送る際には「ラビアンローズ!(バラ色の人生を)」の言葉を添える。この店は、まちおこし団体「十和田バラ焼きゼミナール」のアンテナショップなので、バラゼミがイベントでやるパフォーマンスを踏襲している。
今日は八戸三社大祭の「お通り」が午後3時から始まる。それに余裕を持って間に合う時間に「司」を出たのだが、暑さのせいで急にかき氷を食べたくなった。ネットで調べると市内の老舗菓子工房「京甘堂」のメニューにかき氷があるようだ。行ってみると小さな店ながら、実に美しいケーキがショーケースを埋めている。その上のかき氷メニューには「完熟いちご練乳560円」「濃厚マンゴーミルク610円」「完熟りんご560円」「完熟白桃610円」とある。うたい文句は「パティシエが作るふわっふわのかき氷」だ。
店の奥に小さなカフェスペースがある。そこに腰かけて私はマンゴーを、前夜合流したいつものTさんはいちごのかき氷を注文した。しばし待って登場したのがこれ。こんもり盛られた氷を透かして中のマンゴーやイチゴが見える。氷を崩さないように慎重に食べ進むと、カットしたマンゴーと濃厚なソースに到達した。かき回して口に運ぶ。どうも単純な味わいではないなと思っていたら、ココナッツミルクが入っているという。こんなところにプロの技が潜んでいる。値段も財布に優しい。大満足だった。
八戸のホテルに着いたのが3時少し前。ほどなくお囃子の音が聞こえてきた。外に出る。市役所前の広場を出発した山車が中心街の大通りに向かって進んでいる。引綱を握る子どもたちも赤いたすきの祭り装束だ。山車の先頭で太鼓を叩くのも子どもたち。黒石のねぷたまつりと同じく、ここでも祭りの主役は次代を担う子どもたちということになる。
27台の山車は大通りにぶつかると右折し、同時に「展開」が始まる。山車の横の部分が広がり、背景が立ち上がり、人形がせり出してくる。大きいものは高さ10メートルにも及ぶ。極彩色の乱舞。太鼓や笛の音の協奏。沿道の人々は新たな山車が現れる度に盛大な拍手と歓声を送る。
津軽のねぶた、ねぷたとは全く異なる風景だ。山車の装飾に空白というものがない。べったりと模様や絵、造形物で埋め尽くされている。そしてメカニックな仕掛けを持っているところが決定的に違う。津軽の祭りには地霊との交感を思ったが、三社大祭は空に向かっているのではないか。背景や人形の動きがそう感じさせるのかもしれない。
造形物は発泡スチロールなどで造られていて、地元の人たちがこしらえるのだそうだ。多くのお金と時間と汗でできている。だからこそ祭りは熱狂を呼ぶ。
山車と山車の間に獅子舞の一団がリズミカルな歯打ちの音を披露する「法霊神楽」や「虎舞」などの郷土芸能が挟まれる。盛りだくさんで飽きることがない。笑いが広がった方向を見たら、目の前に迫った獅子舞に怯えた子どもが泣いていた。
昨年と今年、青森県の夏祭りを各地で見た。そのスケールと発する熱の総量は比類がない。青森県は祭りの国だ。
私は祭りらしい祭りがない所で生まれ育った。心底、青森県民が羨ましかった。
(了)
野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。
◇店舗情報◇
店舗名 | 司バラ焼き大衆食堂 |
住所 | 十和田市稲生町15−41 |
電話 | 080ー6059ー8015 |
店舗名 | 京甘堂 |
住所 | 十和田市東十二番町20−25 |
電話 | 0176ー22ー0976 |
その他 | かき氷の提供は、7月〜9月一杯まで ※ご利用の際は、予めお電話でご確認ください |
あわせて読みたい記事
野瀬泰申の「青森しあわせ紀行①」シリーズ(①〜⑤)
野瀬泰申の「青森のしあわせ紀行 その2①」シリーズ(①〜③)
野瀬泰申の「青森のしあわせ紀行 その3①」シリーズ(①〜③)
野瀬泰申の「青森のしあわせ紀行 その4①」シリーズ(①〜④)
野瀬泰伸の「青森のしあわせ紀行 その5①」シリーズ(①〜③)
掲載されている内容は取材当時の情報です。メニュー、料金、営業日など変更になっている可能性がありますので、最新の情報は店舗等に直接お問合せください。