まるごと青森

能町みね子の「あんたは青森のいいところばかり見ている」(第10回)

観光スポット 青森の人 | 2023-10-04 08:00

浪岡

私は仕事に飽きるとすぐ地図を見る癖があります。ここ行きたいなあ~、という夢想をボヤーンといつも考えているのです。

で、あるとき地図を見ていると、私は旧浪岡町の本郷という集落の一角に、気になる文字列を見つけてしまいました。

「東京線三叉路」

なんだこれ。

どうもバス停のようです。

どう考えても穏やかな田舎の集落の、それもかなり端のほうに「東京」がある。どういうことだ。三叉路があるから「三叉路」は分かる。でも、「東京線」って?

もしかして「京線」という地名があって、「ひがし・きょうせん」なのかな?しかし、地図を見る限り「京線」という変わった地名はなさそう。やっぱり「東京」に関わる何かなのかもしれない。

ネットで軽く調べてみました。すると、グーグルマップで、このバス停にコメントを付加している人がいます。

「(バス停が)東北自動車道の直下(※能町注:正しくは200メートルくらい西)にあるので、もしかすると昔は長距離バス停があって、バス停に続く入り口とかがあったのかも知れません」

うーん、ここに東京行きの長距離バス停はないと思うけどな~。確かにこの高速に乗ってひたすら進めば東京には行くけれど、ここにはインターチェンジすらないからねえ。高速道路に関係しているという説にはどうも乗れない。

分からなければ行ってみよう。ナイトスクープ精神だ!

「東京線三叉路」に行けるバスは、午前中にたった2本だけで、一部の土曜と日曜は運休です。できれば実際にこのバスに乗って向かいたかったけど、うっかりミスで、バスの運休の日に調査に行くことにしてしまいました。浪岡駅で待ち合わせ、2メートル氏の車で直接現地に向かいます。

浪岡駅前バス停。「東京線三叉路」に行けるのは丸で囲んだ1日2本(第1・3・5土曜と日曜は運休)。困難!

車だと話は早い。浪岡駅から、ものの10分で「東京線三叉路」バス停に着きました。

ちなみに2メートル氏は私と違って生まれも育ちも県内・弘前で浪岡も一応近いですけど、ここ知ってましたか?

「いえいえ全然、聞いたこともないです」

ですよねえ。ほかにも何人か青森県人に聞いたけど、誰も知らなかったよ。

のどかな場所に立つ「東京線三叉路」バス停。奥に見えるのは東北自動車道の高架。
現地で見ると、改めてこの「1日2本」のレアぶりを再確認してしまう。

本当に「東京線三叉路」なるバス停がある、ということに妙に私は感動。とってもおだやかでのどかな山裾の、本郷という集落のはじっこにあるバス停に「東京」。なんだこりゃー。変だ。

ちょっとそのへん歩いてみましょうか。

本郷集落からは岩木山がこんなふうに見えます。いいねえ。みね子は東京に岩木山が無いといふ。

2メートル氏「いいところですねえ」

能町「東京っぽくないですねえ」

のどかだなあ。東京では見ない景色だ。
東側の山のほうを見る。川の中に木が生えてるよ。これも東京にはない景色だ(たぶん)。
りんご畑が山のほうにまで広がっている。これも東京にはない。ここのどこが「東京線」なんだろう?

ただただおだやかな気持ちで歩いていると、ヒントは急に現れた。

あっ!!!

「東京線三叉路」のバス停から、集落の中心らしきほうに向かって100メートル程度でこんなものが現れた!その名も「とうきょうせんばし」!ひらがなで書いてあるから、「ひがし・きょうせん」ではないことが確定。やっぱり「とうきょう」だった!

橋の名前が、「東京線橋」!!!

力強い太字で、ここは東京だ!と言っている。いや、「東京線」か。

昭和55年5月竣功なのかな。

昭和55年か。1日2本とはいえバスも通る、そこそこメインっぽい道にかかる橋のわりには意外と新しい気がする。掛け替えられたのかな。

本郷川という川のようです。

しばらく本郷集落を歩いてみたものの、ヒントは「東京線橋」という橋1つしかない。これでは埒があかないので、第一村人を発見して聞いてみるしかあるまい。

とはいえ、村に人は歩いていない。また、恥ずかしながら私はまだ津軽弁が流暢でなく、この集落にいるじっちゃばっちゃみたいな、実践レベルの津軽弁会話には不安があります。

そんなときはこの人だ。

「私が聞きましょうか?はっはっは」

頼りになるよ2メートル氏!初めて会ったときはごくふつうの標準語だったため、もしかして県外出身?と勘違いするほどだったのに、実は津軽の某・山のほうの出身だった純津軽ジャイアント・2メートル氏。

2メートル氏はまず、東京線三叉路のバス停からすぐ近くのおうちで花壇を作る作業をされているご夫婦に目をつけました。推定90歳かそれ以上と思われ、私の語学力では厳しそうだった。一応質問だけは私からする。聞き取りは2メートル氏担当。

「ちょっと地名のことを調べてまして~、この先に『東京線三叉路』というバス停があるんですが、これの由来って何かご存じですか?」

――実は、「第一村人」であったこちらの方の回答で、「東京」の謎はほとんど解明できてしまった。驚いた。貴重な証言をできるだけそのままお届けする(実際はもっと上級レベルの津軽弁でしたが、2メートル氏の翻訳の力も借り、私が分かる程度に少し丸めてしまっています)。

――ずっと昔の。珍しい鳥買ってきたわけ。東京さ行って鳥コ買ってきたって、きれいな鳥コ買ってきたって、東京から買ってきたって。近所の人が、このにわとりコどこから買ってきた、てば東京から買ってきた、て。にわとりコ買ってきて。そこのウヂさあだ名っコついで。もうちょっと行ったところ。あだ名ついで、それでここが東京線になったの。H(実際には実名)のな、そこのおウヂはまだある。新しいウヂになった。左側にある。いま死んだけどさ、けやぐだったの。新しい道路できて、昭和55年。新しい橋ができたときから東京線になったんだよな……

まとめますと、集落内のHさんというおうちが昔、東京に行って珍しい鶏を買ってきたため、その家のあだ名が「東京」になり、昭和55年、その家の前を通る新しい道路ができた際に「東京線」と名づけられ、そのときに「東京線橋」もできた、と。

おそらく東京に行くこと自体が珍しかった時代に、東京に行った人につけられたあだ名がきっかけだったとは!高速道路なんか何も関係ない話だった!意外すぎる結論!

「すごいですね、1人目で答えが出ちゃいました」

「はー、おもしろいですねこれは。鶏コ買ってきたって……東京から鶏コ……鶏コ……(笑)」

私たちはネットになんか載っていないバス停の由来があまりに簡単に解明できたことと、その意外すぎる理由に興奮していました。こうなったらおじいさまが言ってたHさんのおうちにも確かめに行きたい。

ただ、正直、説明してくれたおうちの位置がいまいち分からない。近くと思われるあたりに着いてから、第二村人を探してみます。県道のあたりまで出て、第二村人発見!庭仕事か何かをされているおばあさま。85歳。以下、またなるべく実録でお届けする。

――東京って名がついたのはいつ頃なんですか?戦前とか大正とか…?

――んーんー、大正、明治って、もっと前だべな。鶏コ買ってきて。何代目もなってるはんで。そのくらい前から、東京町ってねぁ。こっからそっちは東京だのさ。東京町。ハッハッハ。

なんと、一部地域は「東京町」とまで呼ばれていたみたい!江戸時代だと東京自体が存在しないので、明治より前ってことはないと思いますが……つまり、明治時代くらい昔のことなのかな。

――手前のウヂが「東京さん」だの。「東京のウヂ」ってば、ここ(指さす)の。仙台とかってさ、あるんだって。ここの店屋の後ろのウヂゃ、へで、へでって言うけど、仙台だのさ。昔の人、仙台ってへねでさ、へでへでって言うじゃない。その人のあだ名。へでの家(え)。

東京どころか「仙台」という家もあるらしい!ついでにいえば昔の人は「せんだい」と言えずに「へで(発音的には「へっで」とか「へンで」みたいな感じ)」なんて言ってたらしい!仙台の理由は不明だけど……。

そんなわけで、こちらのおばあさまのおかげで「東京」と呼ばれていたH家の位置も判明。お邪魔しようかと思ったら、いまは畑に出ていていないそう。親戚筋と思われるお隣のおうちにも話を聞きに行ってみました。

出てきたのは若い方。40代くらいかな?

――あー、東京って呼んでるねえ。うちも嫁さ来たはんでよく分かんないけど。このへん東京って呼んでる、ここのひどたち。「東京のなぁ……」って。おばあちゃんたち世代かね。今の人は言わないね。東京のなんとかさんって言ってたみたい。誰も行ったことないのに、H家で東京行った人が誰かいだって。んー、大昔だと思う。昭和ではないと思う……

この世代になると「鶏コ」の話がだいぶ薄まって、むかし東京に行った人がいた、というくらいの話になっていた。代々語り継がれると、情報って薄まっていっちゃいますよね。

そんな感じで話し込んでいると、本家「東京」のおうちの車が帰ってきた!うわあ、「東京」って呼ばれていたおうちに、ついにお話が聞ける。

……チャイムを押すと、出てきたのはこちらもおそらく40代くらいの女の方。

――そう、うん、東京って呼ばれてますね。あんまり実感ないんだけど、何代か前のかたが東京行かれて。……あ、津軽弁分かります?

今まで話したなかでもいちばん標準語らしかったかたに気を遣われて、ちょっと笑ってしまった。いやほぼ標準語に聞こえます。全く問題ないです。

――昔からここのうちの人って、鳥好きなんだって。うちの父は鶸(ヒワ)とか好きで。鳥が好きなの。すごい珍しいような鳥飼ってたようなおじいさんがいて。どっから買ってきたのって聞かれて、東京からってウソついたんだって。それから東京って言われた。

「……え、え!!!ウソ?」

「ウソだったんですか!?」

まさかのオチに、私も2メートル氏も衝撃を受けたよ。

ウソって!花壇作業してたじっちゃも、仙台(へで)の話までしてくれたばっちゃも、さっき話したご親戚と思われる方も、おそらく「ウソ」ってことは知らないと思うよ!これ書いて大丈夫かな?大スキャンダルで本郷集落が揺れないかな!?

そういえば、最初のおうちでは「鶏」って言ってたけど、この話の感じだとこの「珍しい鳥」も鶏ではなさそうだ。人づての話って、どんどん曖昧なものになっていくもんですね。

――これ、記事にするんですけど、書いちゃって大丈夫ですか?一応、お名前とかは伏せますけど……

――んー、大丈夫じゃない?(笑)。(珍しい鳥飼ってたのは)ウチの父の上の上のおじいさんみたいだはんでさ。ウソついたから東京なったっていうお話でした。ウソから来た東京でした(笑)。

――それは、東京への憧れがあったとか?

――そうかもしれないですね。昔のことは分かんないけど。私が5代目だって言うから、2代目くらいの人かな?私、どこの娘や、ってば「東京」ってば通じる。昔はそれで通用しました(笑)。

浪岡の隅にある謎の「東京」、まさかの経緯。

3代くらい前のじさまの、見栄なのか、イタズラ心なのか、ちょっとしたウソから起こったあだ名が、地名となり、道路の名前になり、橋の名前になり、今やバス停にまでなってしまっているのでした。これは今年の青森県一のスクープだ!

のちに調べたところによると、この「東京線三叉路」なるバス停は、「浪岡地区コミュニティバス」というものができたときに新設されたらしく、なんとバス停の開設は2010年!めちゃくちゃ新しい。

バス停の名前を決めた経緯ははっきりしなかったけど、いま地元でも若い世代には使われていなそうなこの地名をあえて活かした担当の方、グッジョブです!

そういえば、歩いていて見つけた旧浪岡町のマンホールも鳥の柄でした。珍しい鳥じゃなさそうだけど、なんだか縁を感じますね。

旧浪岡町の鳥、ヤマバトのマンホールらしいです。

 

by 能町みね子
【プロフィール】
北海道出身。文筆業。著書に、『逃北』(文春文庫)、『お家賃ですけど』(東京書籍)、『結婚の奴』(平凡社)など。大相撲好き。南より北のほうが好きで青森好き。新刊・アンソロジー小説集『鉄道小説』(交通新聞社)では青森の妄想上の鉄道について書きました。

 

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