八戸酒造で知る、広くて深くて尽きない日本酒の世界
日々、全国各地で酒の修業に努めるなか、少々悩ましく思っていることがある。飲んでも、飲んでも、広がる世界に追いつかないのだ。これまでもたとえば、純米、吟醸といった仕込みの違い、米や季節の異なりなど、一つの酒蔵だけでも種類は多彩だったが、ここ数年さらにぐんぐん、ラインナップは増える傾向にある。その代表格が、青森県の八戸酒造だ。

1775(安永4)年から酒造業を営む八戸酒造は現在、8代目の蔵元・駒井庄三郎さんを要に、息子である専務の秀介(ひでゆき)さんと杜氏の伸介(のぶゆき)さんが両翼を支える。大正時代の建築で、国の重要文化財にも登録された蔵を訪れれば、ショップの冷蔵庫内に並ぶ酒の酒類の豊富さに目も心もがっしり奪われた。地元で長らく愛されてきた「陸奥男山」、1998年に誕生した「陸奥八仙」だけでも充実の揃えだが、それ以外にも名称やボトルの形、ラベルのデザインは多種多様。頭が追いつかないため、秀介さんのおすすめに従いあれこれ味わってみた。

「陸奥男山」「陸奥八仙」はともに、米の旨味やフレッシュ感のある煌めきを感じさせつつ、名残は潔い。その気持ち良い飲み口は、スパークリングで際立つ。すっきりドライな輪郭のなかに華やぎを秘め、ああ、うまい~っ♡ 「陸奥八仙 ボンサーブ ヨーグルトリキュール」は、文字通りヨーグルトを使用。まろやかな味わいと程よい酸のバランスが見事で、ご機嫌にごくごくごく。カレーやタンドリーチキンが脳裏をよぎり、食欲も刺激される。仕込み水の一部に日本酒を使う「陸奥八仙 貴醸酒 2023」は、蜜に似た甘みを有しつつ余韻は爽やかエレガント。さらには、蒸留酒も! 「粕取り焼酎」(酒粕に残った日本酒からつくる蒸留酒)をオーク樽で寝かせた「オークCASK」は、渋味、苦味のなかから丸みを帯びたやさしい米の存在感がふくっと立ち、そして名残は軽やか……。

「木樽で寝かせてよりおいしくなるウイスキーを思い、蒸留後に付加価値として樽で熟成したのがオークCASK。リキュール類は、素材のおいしさを活かすことを第一に考えています。ほかにもいろいろ試しているのでまだまだ増える一方ですが、いずれにしてもベースである日本酒が、きちんと旨いことが肝心。自分のなかでは、原材料は米だという意識も常にあります」

そう話す伸介さんによれば、ヨーグルトの酒は、むつ市のミルク工房「ボンサーブ」とのコラボレーションで、梅酒「八梅」には南部町の豊後梅を使用。各種スピリッツには青森県産のリンゴや洋ナシ、伸介さん自らが五戸の山で採った山椒のフレーバーが生きている。下北半島「わいどの木」との連携による、ヒバ樽で寝かせたスピリッツもあるという。道を切り拓く際、軸足を青森に置いているのがうれしい。
伸介さんが仕込んだ酒の魅力を広めるため、青森県内はもちろん、全国各地を歩く秀介さんは、種類が増えている背景を語る。
「リキュールやスピリッツを含めて、驚きとともに発想を楽しんでくださる方が多いですね。日本酒が入口でも、あるいは逆の流れでもいい。まずは弊社の酒を知り、飲んでいただきたい。多様なテイストの酒は、若い世代を含めて多方向の受け皿にもなります。うちだけではなく青森の酒に、さらには日本酒の業界アルコール飲料全体にと、広く興味をもってもらえる機会になればと思っています」
蔵見学への対応も、そのきっかけづくりの一つだ。観光目的で訪れた人が、試飲をきっかけに八仙ファン、日本酒ファンになって帰っていくのがうれしいと、秀介さんは笑顔を見せた。愛あふれる蔵の人の説明に耳を傾けつつの一杯は、より深くおいしく心に刻まれるはずだ。蔵主催のイベントも多いが、ライブやアートとコラボレーションが手がけられたり、「蔵まつり」ではマグロの解体ショーなど家族連れでも楽しめるアクティビティがあったりと、これまたバラエティに富んでいる。
「日本酒にはあまり興味がないという方にも、別のジャンルからアプローチできればと考えています。自分たちがおいしいと思う酒をつくり、その魅力をできるだけ多くの皆さんにも楽しんでほしい。まずは飲んでいただかなくては、伝わりませんから」と、秀介さん。実際、今回の酒旅の同行者であり、日本酒初心者の20代Y嬢は試飲を重ねるたびに瞳が輝き、笑顔が広がり、表情は幸せ七変化。自分だけではなく、友人にもおいしさを伝えたいとの思いがふくらんだと話していた。飲めば、わかる。心が大きく動くのだ。だって、うまいんだもの。そして、百花繚乱の味わいが、たいそう面白いのだもの。

2023年1月には、東京に和食店「銀座 八仙」がオープン。2023年11月15日~21日には虎ノ門ヒルズ内「虎ノ門横丁」で、飲み比べや青森のつまみが楽しめる「八仙まつり」が開催されるので、首都圏の方も美酒にひたっていただきたい。最後に、わたくしが座右の銘にしている、伸介さんの言葉を皆さまにお裾分けしよう。
「お酒は自由に楽しんでもらうのが一番。ご自分の好きなように飲んでください」
ひけらかしである今回のブログも、皆さまの楽しいひとときのきっかけになりますように!
<山内史子プロフィール>
1966 年生まれ、青森市出身、紀行作家。一升一斗の「いっとちゃん」と呼ばれる超のんべえ。全都道府県、世界40ヵ国を巡ってきたなか、昼は各地の史跡や物語の舞台に立つ自分に、夜は酒に酔うのが生きがい。著書に「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(小学館)「赤毛のアンの島へ」(白泉社) など。
【写真:松隈直樹】
◇店舗情報◇
店舗名 | 八戸酒造株式会社 |
住所 | 青森県八戸市大字湊町字本町9番地 |
電話 | 0178ー33ー1171 |
あわせて読みたい記事
いっとちゃんの青森酒旅 Vol.1
いっとちゃんの青森酒旅 Vol.2
いっとちゃんの青森酒旅 Vol.3
掲載されている内容は取材当時の情報です。メニュー、料金、営業日など変更になっている可能性がありますので、最新の情報は店舗等に直接お問合せください。