酒も料理も旨さふくらむ魅惑の燗酒~~八戸市・ほむら編~
心身温もる燗酒を求めて青森市の「お料理 菜のはな」、弘前市の「和料理 なかさん」を歩いた旅の終わりは八戸駅前、燗への愛深しとの噂を頼りに「ほむら」へ。主人の小笠原一芸(かずき)さんは、燗酒の魅力をこう語る。
「燗酒は寒い季節に映えるだけではありません。温度によって酒の味のテンションが変化し、冷酒のときには秘めていた個性が姿を現す。合わせたいと思う料理は変わってきますし、選択の幅は広がります。ですから銘柄や吟醸などの酒類に関わらず、あたらしい酒が入ると様々な温度で燗を試し、料理との相性を考えています」

というわけでおまかせのコース料理とともに、吟味、厳選の燗酒を組み合わせた、秋の終わりのひとときの一部(幸せのごく一部)をご紹介したい。まずは菊花のジュレを添えた、アワビとタコの蒸し物。酸味のきいたジュレは、やわらかなアワビとタコの旨味の輪郭を鮮やかに際立たせている。その友として選んでくださったのは、十和田市の鳩正宗「八甲田 純米酒」を40度まで上げた燗。冷酒ではすっきりきれいな味わいが特徴的だが、キレの良さはそのままに米の存在感が程よくふくらんでいた。たとえるなら、冷酒が爽やかな緑まぶしい夏の八甲田山だとすれば、燗酒は紅葉に萌える秋の眺めを思わせる。燗酒とともに、アワビとタコはより滋味深く。やさしい余韻が、これまた美しい。酒の甘味がジュレの酸味をしなやかに受けとめ、きれいにとけあうのも楽しい。酒と魚介とジュレ。三位一体の融合は、手が止まらなくなくなる連鎖を生み、極楽、極楽。
神郷村産「銀の鴨」のモモ肉のコンフィは、レバーペーストとともに。鴨の肉と脂の旨味が描く世界は奥深く、まことに美味なり。酒は板柳町の竹浪酒造店「七郎兵衛」を、50度の熱めで。青森県内においては、ボディしっかりめの銘柄で香りは芳醇。しかも、2018年度の醸造。熟成が進んだヘビー級かと思いきや、酸が立ちつつも後味は軽やか。鴨肉とはがっぷり四つの力相撲を予想していたのだが、双方の風味がすうっとひとつに馴染み、エレガントなドラマが生まれている。レバーペーストもまた、胸ときめく旨さがエクセレント。濃厚な風味に潜むニンニクなどの香味野菜が存在感を増してきらめき、より鮮烈な印象をもたらす。深い、深い、たいそう深い、笑顔炸裂の喜びが込み上げる。


津軽味噌のきれいなコクがカキの旨味と同調する「カキの田舎味噌仕立て」は、その名とは裏腹に洗練された世界が構築されていた。競演は40度の八戸酒造「陸奥八仙 特別純米」。冷酒では隠れていた、ほんのりクリーミーでなめらかな味わいと、洋酒をも彷彿とさせる艶やかな旨さがあり、ふくらみを増した酒の酸が味噌やカキの旨味を包み込む。「陸奥八仙の酸が、味噌と合うと思います」とは、小笠原さん。いや、合いすぎます! ゴボウやセリ、ネギも、酒とともに口に含めばそれぞれの風味がよりくっきり。日頃から冷酒で親しんでいる方なら、陸奥八仙のあらたな魅力にふれる機会となるだろう。
南部地方の酒は津軽地方と比べてきりっ、すっきりとしたタイプが多いものの、八甲田、陸奥八仙ともに、燗でやわらいだふくっとした表情もいい。凍てつく風吹く外から家に帰ってきてストーブにあたると、思わず顔が緩むのと同じか。もちろん、冷や(常温)や冷酒でも満ち足りるのだが、七郎兵衛を含めいずれもが燗によって、後味に絶妙なキレが生まれているのも興味深かった。ゆえに酒が進み、箸も進むのが悩ましいのだが。


「おすすめの酒をとのリクエストがあれば、できるだけ料理に寄り添える銘柄を選ぶようにしています。冬場は味に深みのある食材や料理が多い分、組み合わせる楽しみは深まると思います」
互いが寄り添う物語に圧倒され、早々に徳利が空になり。陸奥八仙のおかわりをお願いしたところ、あら、スピーディ? 秘密はコンロに置かれた、南部鉄器の鉄瓶だった。熱伝導率が高いため、すばやく燗がつけられるという。常に酒を欲するせっかちなのんべえにとっては、なんともうれしい限り。締めの土鍋ご飯まで巧みな融合を堪能し、心身は幸せ色にぬくぬく。この店を目的として八戸を訪れ、新幹線の最終で帰る方もいるという話を聞き、心からうらやましく思う。
同じ青森県内でも、たとえば積雪量の多い津軽地方としばれる南部地方では、冬景色は異なる。酒や食材、料理は、地域ごとに実にバラエティ豊か。となれば燗酒との融合も、多種多様。だから青森は、旅するのが面白い! 燗酒と美味が口中で繰りひろげる感涙もののドラマを、この冬、ぜひともご堪能いただきたい。
<山内史子プロフィール>
1966 年生まれ、青森市出身、紀行作家。一升一斗の「いっとちゃん」と呼ばれる超のんべえ。全都道府県、世界40ヵ国以上を巡り、昼は各地の史跡や物語の舞台に立つ自分に、夜は酒に酔うのが生きがい。著書に「英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩」(小学館)、「赤毛のアンの島へ」(白泉社) など。
【写真:松隈直樹】
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ほむら | |
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場所 | 青森県八戸市一番町1丁目1−30 |
TEL | 0178−27−2632 |
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