まるごと青森

野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その8② ブナコでハッピィ」

体験 温泉・宿泊 | 2025-04-02 09:00

(前回:野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その8① マッチ箱とこぎん刺し」)

2025年2月4日(火)   ②ブナコでハッピィ

煉瓦亭で意表を突くうまさのカレーライスを食べた。そろそろ午後1時になろうかという時刻。
「これからどこに行くんですか?」
案内してくれているYさんに尋ねた。
「次はブナコ研究所です」

ブナコ研究所の本社は弘前市にある。私たちが向かったのは西目屋村の廃小学校を改装した工場だった。Yさんが事前に連絡していたため、女性が工場内を見せてくれた。

森県には広大なブナ林があるが、ブナは水分が多く木工品や建材には不向きなため薪や炭にするしかなかった。
その問題に取り組んでいた青森県工業試験場が1956(昭和31)年にブナコを開発した。まずブナを薄板にする。それを細いテープ状に裁断してバウムクーヘンのように隙間なくぐるぐる巻きにする。仕上げに用いるのは湯呑みだ。巻きつけられたテープ状のブナに内側から圧力をかけて傾斜をつけるのだが、様々な道具を試した末、湯呑みに行きついた。

と書きながら文字で伝えるのは簡単ではない。ブナコ研究所のホームページで動画を見ることができるので、ぜひご覧を。一見の価値あり。

ここはいわば前工程だけの工場で、着色や仕上げは別の工場が担っている。ブナコで作った商品は食器、文房具、スピーカーと幅広いが、中でもランプシェードは見事だ。材料がブナという木材だけに、光源からの明かりがうっすらと溶け出しているように見え、心が温まる。各種商品の納入先はホテル、映画館、豪華列車、美術館、デパートと多岐にわたっている。

元教室を改造したカフェは冬季休業中。熱いコーヒーで体を温めたかったが、別の方法で暖をとろうか。

「次は温泉です」
Yさんの言葉が絶妙のタイミングで耳元に届いた。
車は弘前市の岩木山神社にほど近い百沢温泉郷を目指した。途中の道の駅「津軽白神 ビーチにしめや」に寄ってみたら、入ってすぐのところのガラスケースに「西目屋村 西こぎん発祥の地」とあり、伝統的な西こぎんが展示されていた。素人目には東こぎんより、目が細かく使う木綿糸の量が多いなという印象だったが、どちらにせよ民藝運動の父、柳宗悦がこぎん刺しを絶賛したのは正当な評価だったろう。

「名もない津軽の女達よ、よく是程のものを遺してくれた。(中略)人々は生活に即して、ものを美しくしたのである。之こそは工芸の歩む道ではないか」
柳はこんな一文を残している。

さて百沢温泉郷だ。そこには温泉宿が4軒と日帰り温泉が1軒ある。そのうちの日帰り温泉「ハッピィ百沢温泉」に入った。

この温泉は休業していたのだが、地元テレビ局の番組の司会を長年担当してきた吉本のお笑い芸人、あべこうじさんが買い取って2023年に再開した。本人とボランティアの手で改装した温泉は歴史を感じさせながらも、随所にユーモアと温もりがある。近所の店が何軒も同時に出展するイベントにはキッチンカーもやってくる。
カウンター下のガラスケースを覗けばTシャツ、パーカー、雑貨・文具などのキャラクターグッズが並んでいる。たまにトークショーをやるし、卓球大会もある。この卓球大会が傑作で、ラケットはしゃもじ、鍋の蓋、ヒバの木の中から抽選で決まる。10点先取制で、サーブミスは1回だけ目をつむるというルールだ。そんなポスターを見ながら「私なら守備範囲が広い鍋の蓋がいいな」などと含み笑ってしまった。

肝心の温泉は評判通り、源泉かけ流しの名湯だった。湯から上がり建物の外に出た。雪景色の中にたたずんでみたのだが、いつまでもぽかぽかとして、汗まで噴き出した。
帰り支度をして靴を履こうとしていたら、カウンターの中の男性と言葉を交わしていたYさんの声が聞こえた。
「本当ですか!さっき行ってきたところですよ」
私が振り向くとYさんが教えてくれた。
「この方、こぎん研究所で働いていたそうなんです」
男性が私に向き直って言った。
「こぎんを刺す針子をやっていました。展示販売会であちこち行ったりもしていました」
私は少し驚いた。
「お名前を聞かせていただけませんか?」
男性が名刺をくれた。
「津軽伝統ねぷた絵師 三浦岳仙」
名刺の裏は三浦さんが描いたねぷた絵。刀を佩(は)いて舞う女武者だろうか。
こぎん刺しといい、ねぷた絵といい、津軽には歴史が息づいている。それを担う人々も健在だ。

野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。

◇店舗情報◇

店舗名 ブナコ株式会社 西目屋工場
住所 青森県中津軽郡西目屋村田代稲元196
電話 0172-88-6730
営業時間 10:00〜15:30(最終入場 終了30分前)
店舗名 道の駅津軽白神 ビーチにしめや
住所 青森県中津軽郡西目屋村田代神田219-1
電話 0172-85-2855
営業時間 9:00〜16:00
店舗名 ハッピィー百沢温泉
住所 青森県弘前市百沢寺沢290-9
電話 0172-88-9321
営業時間 10:00〜21:30

 

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掲載されている内容は取材当時の情報です。メニュー、料金、営業日など変更になっている可能性がありますので、最新の情報は店舗等に直接お問合せください。

タグ: 弘前市

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