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Story2北国ならではの食の知恵を訪ねる

絶滅寸前!? 津軽地方のレッドデータ・フードを、守り、伝えるために立ち上がった農家の嫁たち。

津軽あかつきの会

津軽の郷土料理

お膳の上に居並ぶ数々の小鉢。そしてご飯と味噌汁の他に、お漬物が何種類も…。これは津軽地方でかつて食べられていた郷土料理を再現したもの。つくり手は弘前市内で活動する「津軽あかつきの会」です。

津軽の郷土料理をアーカイブ

津軽の郷土料理を継承

「津軽あかつきの会」は、農家のお母さんたちの30名ほどの集まり。写真手前左が会長の工藤良子さんで、右が副会長の中田桂子さん。
予約制で津軽の伝承料理を振る舞っています。その目的は、津軽の伝承料理の保存と復活。地元の高齢者から各家々に伝わる料理のヒアリングを重ね、保存食づくりの工夫や、季節の行事や地域の食との関係などを徹底調査、レシピとしてアーカイブしています。

「津軽あかつきの会」は、農家のお母さんたちの30名ほどの集まり

その数、200以上。

もうずいぶん前のことですが、私の母が作っていた昔の料理を作ろうと思った時に、その作り方がわからなかったんですと話すのは、代表を務める工藤良子さん。郷土の味が絶えてしまうのは忍びない。そんな気持ちで活動を続けてきました。
今では郷土料理レシピのアーカイブも200を超えるといいます。季節に応じて繰り出される、今まで見たことはもちろんのこと、味わったことも無かった工藤さんたちの郷土の味に、県外からの旅行者も舌鼓を連打します。

県外からの旅行者も舌鼓を連打

食材は、ほぼ自給。

提供される料理は、ほとんどが地元でとれた食材。自分たちが育てた野菜や、自ら山で採ってきた山菜やきのこも駆使して、昔ながらの味を再現することに徹しているそう。
うま味調味料を使わなくても、土づくりをちゃんとしていれば、とれたての野菜からうま味がでる。例えば、カブとキクイモは、アクを出し合って美味しい。きのこ鍋も素材からの出汁だけで十分美味しいんです

食材はほぼ自給

郷土料理図鑑、チラ見せします。

予約が入ると、数日前から塩蔵品や乾燥品を戻したり、出汁を引いたり…。
津軽地方のお正月料理、春の山菜料理、田植え料理、お盆料理、秋のきのこ料理など、季節に寄り添った津軽の郷土料理の中から、代表的なものを少しだけおすそ分けしましょう。

けの汁
けの汁

これは「けの汁」と呼ばれる津軽の冬の代名詞的な料理。「けの汁」の「け」とは「粥」が訛ったものという説が有力です。
一般的には1月上旬の小正月の際には、春の七草を使って七草粥を食べる習慣がありますが、雪深い津軽の冬には七草は手に入りません。
そこで七草の代わりとして、春先に摘んで塩蔵しておいたわらびやぜんまいなどの山菜や、大根やにんじんなどの根菜を細かく刻んで煮込んだ「けの汁」を食べてきたというわけです。
鰯の煮干しや焼干しの出汁を味噌で仕立てた輪郭のはっきりした味付けで、小さく切りそろえられた具を一つひとつ口に運んで日本酒をチビチビ…。これ、間違いなく至福です。

にんじんの子和え
にんじんの子和え

細く切り揃えたにんじんを、真鱈の卵と一緒に煮干しの出汁で炒りつけた「にんじんの子和え」も、津軽地方の冬の風物詩。
出汁と鱈の子のうま味が、にんじんの甘味を後押ししてくれる優しい味わいが、後を引きます。

煮しめ
煮しめ

春先に採って塩蔵してあったフキや、水煮にして保存してあったネマガリダケ、そして身欠きにしん。それら保存食と、ごぼうやにんじんなどの冬の根菜類を、煮干しの出汁で煮付けた煮しめは、冬の間に食材が乏しくなる津軽地方ならではの地域性をよく表した代表的な料理。

茄子のずんだ和え
茄子のずんだ和え

夏の津軽地方は、雪深い冬場とはガラリと変わって日照量も多く、言葉を選ばずに表現すれば、実は温暖。
そのため茄子やトマトやきゅうりなどの果菜がよく育ちます。この料理は、すり鉢であたった枝豆で茹でた茄子を和えた「茄子のずんだ和え」。「ずんだ(枝豆)」の甘みが茄子と絡み合い、とても優しい味わいです。

豆漬け
豆漬け

津軽地方でしか育たない枝豆があります。それがこの「毛豆」。
毎年9月下旬の2週間ほどしか収穫できない枝豆ですが、採れたての毛豆を茹でて食べると、まるで「栗のよう!」とか「じゃがバターの風味!」というように評価する人が少なくありません。
確かに、それはそれで間違いな(く美味し)いのですが、実は写真の毛豆は塩漬けにして数ヶ月熟成させた、いわば“枝豆の漬物”。津軽地方では「豆漬け」と呼ばれて愛されており、居酒屋のテッパンメニューです。
軽く茹でた毛豆を、塩漬けにして保存すると、次第に酸味を帯びてきます。9月下旬に着け始め、12月ごろになったあたりからが「豆漬け」のシーズン。旨酸っぱい毛豆を一粒齧れば、十中八九の人々が「やめられない、とまらない」状態に。…短期間に大量にとれる作物を無駄にしない知恵がここにも垣間見れます。

“さもだし”の味噌汁
さもだしの味噌汁 さもだし

“さもだし”。聞きなれない言葉ですが、これはナラタケと呼ばれるきのこのこと。なんとも不思議なきのこで、毎年10月中〜下旬の数日間だけ発生して、跡形もなく消えてしまうという特異体質なきのこ。
津軽地方の人々は“さもだし”を収穫するとすぐに塩蔵して保存しておき、一年中食べつなぎます。写真のように味噌汁の具としても、昆布などと一緒に和え物にしても美味。鶏ガラスープで軽く煮込んでも、たまりません。

調味料に至るまで、ほぼ全てハンドメイド

赤かぶ 白菜漬け
調味料に至るまで、ほぼ全てハンドメイド

赤かぶや大根、きゅうりや白菜など、あらゆる漬物だけでなく、例えば味噌なども手作り。料理の仕上がりがすべて“いい塩梅”なのは、もしかしたら計算しつくして自家製している調味料のおかげなのかもしれません。

弘前 冬の膳

弘前 冬の膳

上述した「けの汁」や「にんじんの子和え」、そして「煮しめ」などがラインナップされた、冬バージョンの津軽の郷土料理膳。
甘めに味付けされた茶碗蒸し(お膳の左上)や、干し柿で甘味を付けた切り干し大根のなます(同、中央左寄り)なども添えられます。…それにしても砂糖の代わりに干し柿を用いて甘味を付けるとは…。「できるだけ油と砂糖を使わない」というのも「津軽あかつきの会」のこだわりなのです。

弘前 夏の膳

弘前 夏の膳

日本海を南から北上してくる対馬暖流や、比較的多い日照量のお陰で温暖な津軽の夏。
お膳も一面グリーンに彩られます。お膳の右下にあるグリーンの茎のようなものは「ミズの水物」と呼ばれる郷土料理。ミズという山菜とホヤの刺身を冷ました昆布出汁に浸して食べます。
その左隣りのきゅうりの酢の物には、細かく刻んだつぶ貝が一緒に和えられています。お膳の左下には「茄子のずんだ和え」もありますが、「ミズの水物」の上に置かれた黒っぽい料理にも茄子が使われています。
これは「茄子のしそ巻き」という料理で、ひと口大に切り揃えて甘めの味噌を塗った茄子を青じそで巻いて、少々の油で炒りつけたもの。
山菜を海の幸と一緒に和えたり、果菜を様々な調理法で楽しんだり…という具合に、津軽地方の夏の食卓もまた思いの外楽しいのです。

弘前 秋の膳(その1)

弘前 秋の膳(その1)

8月上旬に開催される「ねぶた(ねぷた)」が終わり、お盆を迎える頃になると、風もひんやりとし始め、秋の気配を感じる津軽地方。お膳の彩りもどことなく暖色系になってきます。
初秋の時期に供されるこのお膳で注目していただきたいのが、ご飯と味噌汁。ともに、9月になると取れ始める毛豆(枝豆)が使われています。ご飯は、サヤから外した枝豆をお米と一緒に炊いた枝豆ごはん。汁は、同じくサヤから外した枝豆をすり鉢であたって荒く潰し、秋刀魚の身と一緒につみれにした団子の味噌汁。
これは「だまっこ汁」と呼ばれています。秋刀魚が獲れる時期と、枝豆の収穫期とが重なる津軽地方ならではの汁物です。

弘前 秋の膳(その2)

弘前 秋の膳(その2)

冒頭でもご紹介した写真のお膳は「津軽あかつきの会」の晩秋の膳。色彩豊かで見た目にもお膳が楽しくなる時期です。このお膳で注目したいのは、お膳の左上(赤かぶの漬物の右)にある焼魚。
実はこれ、もち米を漬け床にして発酵させたにしんの「飯寿司(いずし)」を炙ったもの。冬場に獲れたにしんを漬けておき、夏場から秋口にかけて発酵が進んだ頃合いになると食べ頃を迎える保存食です。…保存食にも“旬”があるのですねえ。塩味と酸味が利いたパンチのある味なのに、噛んでいると優しい味わいへと変化するのは、やはり発酵食だからでしょうか。

新書一冊分の食後感をぜひ!

厳しい冬を乗り越えるための保存法、バラエティに富んだ食材をさまざまに楽しむための調理法、津軽の自然に育まれた山海の幸を使いこなして受け継がれてきた伝承料理は、まさに知恵のかたまり!
お膳の上の料理や、それらに使われる食材の背景にある物語に耳を傾けつつすべてを食べ終わった瞬間に訪れるもの、それは良質な新書を一冊読み終えたかのような読後感に近い、知的満足感なのかもしれません。

津軽あかつきの会 弘前市石川字家岸44-13
0172-49-7002 1食1,500円〜 要予約
WEBサイトはこちら

津軽あかつきの会

津軽あかつきの会
弘前市石川字家岸44-13
0172-49-7002
1食1,500円〜 要予約
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